底辺ネットライターが思うこと

思うことをひたすら書くだけ

複雑性PTSDとドーパミン

私はPTSDだ。恐らく、複雑性の方。

複合的な心的外傷後ストレス障害 (C-PTSD) は、暴行、性的虐待家庭内暴力拷問及び戦争のような長期の対人関係の外傷に起因する臨床上で認識された病気である。 

複雑性PTSD - Wikipedia

恐らく、というのは、きちんと診断されたことがないから。

該当する体験があり、症状がある。けれど、診断というものを受けなければ断定してはならないらしい。だから私は「恐らく」だ。

裁判をする際に病院から出してもらった診断書には「PTSDだと判断できる材料がある」程度のことを書いていただいた。当時は、PTSDだと診断することも大変だったから。もう十年ぐらい前かと思うと、不思議な気持ちになる。

診断されてもされなくても、私はどちらでもいい。複雑性PTSDという概念が存在していて、私がそれに当てはまり、本やネットでそれの対処や研究などを見ることができれば、それで。他者に認められることはどうでも良くて、私が私の状態を認識するための手段として、こうした情報を活用したい。

「それ」だと定義されるための情報を読めば読むほど、ああ私だ、と思う。それは私が特別なのだと思う訳ではなくて、こうして何かしら定義されるほど、私はありふれたものなのだと思える。それが嬉しい。私は「人」なのだと。

複雑性PTSDのことを調べている最中にこんな言葉にも出会った。

アダルトサヴァイヴァーもしくはアダルトサバイバー(Adult Survivor)とは、幼少期に機能不全家庭で育ったり、成長の過程で心的外傷を負わされたことにより、何とか生き延びて思春期・成人期に達してはいるものの、人間成長のどこかの段階を喪失したために、その好ましくない影響を心身に色濃く残している人々をいう。

アダルトサヴァイヴァー - Wikipedia

そうか、私はこういう立ち位置なのかと思えば腑に落ちる。私はそもそも性質が違う生き物なのだと思えば、私は社会の中で自分の身の置き所を「人」とは違うところに置くことができる。

「人」であるために、「人」とは違うところに自らを置く。今の私の処世術をまとめると、そういうことなのだと思う。

話は複雑性PTSDに戻る。

心療内科に行けば、薬を出される。ようやく薬が1種類になって落ち着いているのに、これ以上、薬を増やしたくない。

昨年、あらゆる事件を彷彿とさせる恐ろしい事態に直面した時、以前に飲んでいて残っていた薬を服用したことがあった。頭がぼんやりとしてふんわりとして、ぶあつくて柔らかい繭のようなものに包まれているような感覚で、事件と共に自分の輪郭がぼやけた。やっぱり、もう飲みたくないと思った。以降、救心に頼っている。責任世代のプレッシャーが助かるのであれば、私も何とかなるかもしれないと思って。効いているかどうかは知らない。気休め。

今私が常用しているのは、コンサータという薬。

これはPTSDの薬でもなければ精神安定剤でもない。ADHDの薬。

「ADHDの症状は過剰に分泌されるドーパミンが再取り込みされることで表れている」という説に基づき、その再取り込み口に蓋をしてやろうという仕組みのもの、らしい。

私はコンサータを常用し始めて随分とラクになったので、ああ、私はADHDだったんだ、と思っていた。実際にそうなのかもしれないと今でも思っている。色々ぶっ飛んでるし。

しかし、最近知った。

「PTSDの症状として、怖い思いをした時にドーパミンが放出される」というようなものがあるらしい、ということを。

戦場でPTSDを患った人が銃声を聞いた時にドーパミンが放出されたとか。詳しくは知らない。

ちらほらこれまでブログにも書いてきている通り、私は幼い頃からおかしな子供だった。それはADHDだからなのか、PTSDだからなのか、わからない。PTSDの原因だろう事件が物心つくかつかないかの頃のことだから、そうかもしれないし、そのこと関係なくADHDだったのかもしれないし。

そうした人生を過ごして30年と少し、2年前ぐらいだっただろうか。自分がPTSDではなくADHDではないかと疑い始めたことがあった。その際、コンサータを処方してもらった。

テストの結果、能力的には問題なかったにしろ、普段の生活にADHDに該当する症状があるということで処方してもらった。

それ以来、コンサータを飲み続けているが、随分とラクになった。今まともに生活できているのは、コンサータのおかげだと本気で思っている。

こうした経験と「PTSDの症状の1つとしてドーパミンが過剰放出される」というぼんやりとした情報から、PTSDの治療にはドーパミンをどうにかしてやることが効果的なのではないかと、ふと、思った。

と、こうして突然こんなことを書いたかというと、PTSDとドーパミンの関係を最近知ることがあり、ドーパミンって怖いなぁ、と思ったから。

人の体の仕組みを知れば知るほど、なんて現代社会に不似合いなのだろうと思う。安全に生きることを前提として生きているから、何事かに見舞われた時、対処できない。

では何事かに見舞われる前提で生きればいいのかと考えてもみたけれど、それはそれでまともではない。常にナイフを振り回しているような人になってしまう。

ではどう生きれば現代社会に適しているのかと考えてみて、何事にも見舞われない前提で朗らかに生き、何事かに見舞われた時に冷静に現実を見据えることができればいいのだろうろ思う。

その何事かが何なのか、それを自らと、現代社会のシステムの中でどう処理することが適切なのか、冷静に。それが容易にできれば、誰も苦労はしないのだけれど。

私だってぐだぐだとこんなことを書き散らかしながら何にもできてなどいない。ただ、今の、文字をひたすら書き散らかす生活を気に入ってはいる。

底辺ダイバー

最近、体を鍛えている。

事の始まりは、キーボードを打っている最中に手が疲労し始めて「もう書けないよ~」となったことだった。

「底辺さん!新しい腕よ!」と投げてくれる相棒がいないため、ずっと書き続けられるように、ストレッチゴムを持って毎朝のウォーキングを始めた。気が付けば、直線を見つけては走るようになっていた。生まれて初めて、走ることが楽しいと思える時期を過ごしている。

体を鍛えれば鍛えるほど、脳に血が回っているのか、頭の回転も良くなったように思える。

ずっと表層をうろうろとしていた意識が、すっと奥の奥まで沈んでいくような感覚を、おおよそ十年ぶりにここしばらく味わっている。この感覚に陥ると、筆が進み、寝食を忘れかける。ふっと力を抜いた時、倒れるように眠る。まるでそういう動物のようだ。ハチワンダイバーが途中まで無料になっていた時期に読んだけれど、あんな感覚が近いと思う。

あそこに潜っている時は、本当に心地良い。辛いことも苦しいことも嬉しいこともどうでも良くなって、ただひたすらに手を動かす。小説を書いていると、辛いことや苦しいことを思い出しながら書くこともあるけれど、その時ですら、その気持ちは自分のものではなくて、他者のものであって、私はそれを俯瞰して実況中継しているような気持に陥る。これが、人によっては「キャラクターがしゃべり出す」という奴なのだろうと思う。

それはさておき、最近、青空文庫でちらほらと小説を読み返した中で、『人間失格』のこのくだりに、とても共感した。

人間に対して、いつも恐怖に震いおののき、また、人間としての自分の言動に、みじんも自信を持てず、そうして自分ひとりの懊悩おうのうは胸の中の小箱に秘め、その憂鬱、ナアヴァスネスを、ひたかくしに隠して、ひたすら無邪気の楽天性を装い、自分はお道化たお変人として、次第に完成されて行きました。
 何でもいいから、笑わせておればいいのだ、そうすると、人間たちは、自分が彼等の所謂「生活」の外にいても、あまりそれを気にしないのではないかしら、とにかく、彼等人間たちの目障りになってはいけない、自分は無だ、風だ、そらだ、というような思いばかりが募り、自分はお道化に依って家族を笑わせ、また、家族よりも、もっと不可解でおそろしい下男や下女にまで、必死のお道化のサーヴィスをしたのです。

私の書いているこうした文章を知らない人は、私がとんでもない楽天家で悩みがなく、強運だけで人生のあらゆるを獲得していっていると思っている人が多い。それを言われても、いちいち訂正することなく、「そうなんです。人生楽しい!」と返事をしてやり過ごすし、こうした部分に気付いた人には「そうなんです。夜中にポエムとか書いちゃう系です!」と返事をして仲を深めている。

仕事で書いている記事はとにかく媒体によって文体も論調も変えるので、本来、放置したらどのような文章を書くのかを知っている人は少ない。

人間に対する最後の求愛。人を愛しているがゆえに愛されたく、『ナアヴァスネス』や『憂鬱』をひた隠しにしなければならないと思う。こうした性質を常に剥き出しにして振る舞うのは、どうしても、乱暴なように思えてならない。自分が常人と狂人の間、もしかすると狂人に近いかもしれない立ち位置にいると自覚して、常人であるように、近いように、なじむように振る舞わなければならないと。

一部の方がお察しの通り、私は離婚した。成立したのは昨年の下半期で、去年一年、夫と共に暮らしていない。

このブログの一記事目にも別れの片鱗が実はちらりと出ていたけれど、私は夫を愛していたがゆえに、それを見ないふりをしていた。夫も恐らく、私を愛してくれていたがゆえに、それを見ないふりをしていた。もし、この世界に二人だけしかいなかったらこうはならなかったのかもしれない、と、ロマンチックな空想を繰り広げた後に、己の落ち度を思い出す。もし二人だけだったとしても、同じ結末を迎えていたのかもしれないと。

奇しくも、夫と別れてから、仕事は坂を転がる雪玉のように大きく膨れて、私はこれまで手に入れたくて仕方がなかったものを手に入れた。

「別れて良かったんだよ」という言葉は間違っていない。だって私は、お道化たお変人を気取る中で、誰にも本心を打ち明けていない上に、私の心願が成就されようとしている。何をとっても、悪いことなんてひとつもなかった。そうしているうちに、私は本心がどれかを忘れてしまった。それをいいことに「別れて良かった」を本心だと定義づけて、生活している。本当にそれが本心なのかどうかは、多分、最期の時にわかるのだろう。

全く連絡をとってはいないけれど、きっと、夫は私といた時よりも幸せにしてくれているだろうと思う。あんなにも優しい人だったのだから、幸せでいなければならないとも。

夫との暮らしは私にとって心願ではなく、助け船に近かった。助け船での暮らしは快適ではあったものの、あれやこれやと騒ぐ船員共に辟易としてしまった。そうなれば、後から乗り込んだ私が降りるしかなかった。とは言っても、私も助け船のあちこちを破損してしまっていたのだから、下ろされても仕方がない。

「最後に会いませんか」という連絡に「泣いてしまうからお断りします」と返した夫に、私はあまのじゃくなことしか言えなかった。

どれが本心なのかわからないけれど、私は今、幸せです。あんなにも愛してくれる人に出会えて、心願まで成就しようとしているのだから、これ以上の幸せはないとすら、今、思えるのです。

2017年も、もうすぐ終わります。

色々あった年だった。色々なかった年なんて、生きてきてほとんどないのだけれど。強いて言えば、結婚してから三年間ぐらい。

けれど、2017年の「色々」は、全て私にとってプラスに働いた。去年の今からは想像できなかった場所に、今、居る。

しんどい思いもした。辛い目にも遭った。けれど、それらも全て足元に埋まっていて、私の立っている地面は固く強度を増し、ただの地面から舞台に変わろうとまでしている。

文章について、生きてきて一番、向き合った。

「文章の価値」は、何だろうとか。皆、日本語で文章が書けるのに、私が代行して書くことの価値。

それがわからない時は、とんでもない値下げにだって応じていた。だって、誰にでも書ける物を、高値で売ることなんてできない。値下げに応じられなくてトラブルになった時も、自分を責めた。こんな仕事しかできないのなら、もう全部やめてしまえとも。

けれど、わかってしまったから、もうへりくだれない。私は誰にも書けない物を書いている。誰よりも文章について、言葉について考えている。

ぶっちゃけ、そのぐらい自信を持たなきゃ、チームリーダーとしてやってけんのですよ。

勿論、本名で活動しているので、あまり具体的なことはここでは言えない。私だけならいいのだけれど、私に関わってくれている人に迷惑が掛かるのは、怖い。

けれど、私は、舞台に立っています。

あんなにも焦がれたシナリオの仕事まで、いただいています。

あの時見ていたきらきらを、もう一度手のひらの上で見ています。

そのことを、2017年の最後に、私のブログを読んでくださっている方にお伝えしたかった。

ブログを書き始めなかったら、ブログが読まれなかったら、今の私はありません。

今の仕事がブログから来た訳ではない。けれど、ブログを始めていなければ、私は今でもずっとずっと卑屈なままでいただろうということがやすやすと思い浮かびます。

私は今の私が、生きてきた中で一番好きです。誰に何を言われても。

2018年はもっとブログを更新できたらいいなと思います。

「こんなこと書いてよ」なんてお題をいただければ、もしかしたらお答えするかもしれません。

もし、正体を明かしても地面が揺るがないぐらい確固たる場所が作れたら、隠れ蓑を脱ぐ時が来るかもしれません。

それでは、2018年も、よろしくお願いいたします。

良いお年をお迎えください。

書けるライターと企業のマッチングシステムとか組織化をした話とか諸々

私が「ライターを雇おう」と思ったのは、コンスタントに適正単価な記事の受注をいただけることになったからだった。

ライターとして登録(という言い方で正しいのだろうか。便宜上、雇用と言っているけれど、何だか違う気もしている。やはり言葉は難しい。)してもらったところで、仕事が渡せないのでは意味がない。

ずっと記事の仕事を渡して『副業』として成立させてもらうことができる。

そして私も一緒に書いているので、アドバイスもフォローもできる。

自分でこれまで気付かなかったけれど、私は文章うんぬんではなく、記事構成とか、テーマからの大喜利的発想とか、そういうのに長けているらしい。ライターが悩んだ時にそこを提供すれば、記事の質が担保できる。

逆に、私の苦手分野を得意分野としているライターに渡せばそれで解決する。

そうして私たちはどんどん成長している。

三人寄れば文殊の知恵とは、まさしくこのことかと実感している。

 

 

正直なところ、文章が書けて記事構成もできるのにライターをしないという人は、「不安」が理由でやっていない。

私の文章なんて。トラブルになったらどうしよう。もし書けなかったら。

ライターが急病になる理由は、ここに尽きるとすら思っている。やってみたはいいけどやっぱり、みたいな。

そうした不安を解消するために必要なのは自信でも文章力でもなく、組織だ。皆でそうしたところをフォローしていけば、何の問題もない。ワンフォーオールオールフォーワンってヤツ。不安さえ解消すれば、皆のびのびと仕事をしてくれる。

何かあっても私が防波堤になって、大きなトラブルにならずに済むようにできる。おかげさまであらゆる修羅場慣れしておりますので、多少のことには動じません。

こうした確信があるからこそ、組織化に踏み出した。

 

正直なところ、私以外のライターも質の良い記事が期日通りに納品できる優秀なライターばかりだ。ただ、本業があっての副業ライターなので、表立って活動はしていない。私が巻き込まなければ、ライターなんてしていなかっただろう。

こんなにも優秀なのになぜ、と思うけれど、単純に「それでお金が稼げるとは思わなかった」というだけ。

ブックマークコメントにあった「ライター供給と需要のマッチング」の致命的な欠陥は、私も感じている。

ちゃんと書けるライターはこの世にたくさんいて、ちゃんと書けるライターにちゃんとしたお金を渡して記事を書いて欲しい企業もたくさんいる。

なのに、そこのマッチングシステムがない。運と営業とコネ。良い仕事にありつけるのは、この3つのいずれかを持っている人間だけだ。(ちなみに私は運と営業をフル活用した)

私は営業に出ることができる人間だ。こんなどす黒い文章を書いてはいるが、実はものすごく社交性が高く『コミュニケーションおばけ』とまで言われたことがある。

会議もヒアリングもそれなりにできる自信がある。「聞き上手とか話し上手とかじゃなくて聞き出し上手だね」とまで言われたことがある。

こういう人間が筆頭になってライターと企業を繋ぐことができれば、もっともっとオウンドメディアを気軽に立ち上げられるようになる。

オウンドメディアは広告効果以外にも、ブランディング効果、ファン・信頼性の創出、そして営業マンが資料を持ち歩かずとも商品やサービスのデータが常にサイトにあるのでいつでもどこでも営業モードになれる、など、様々な利点がある。

これをやりたいのにできないという企業は、実は結構いる。

書ける人間がいない、何を書いたらいいのかわからない。悩みはそれぞれ。

もしこれを読んでいるあなたがライターで、在宅仕事が欲しいのであれば、明日にでも近所のインキュベーションセンターに営業に出かけてみるといい。1回は商談に持ち込めるだろう。(持ち込めなくても当方は責任を負いかねます)

私ももう少し組織を大きくすることができれば、もっと営業に出かけたいと思っている。今はまだご縁のある企業様ばかりを伝って当たっているけれど、飛び込み営業みたいなこともやってみたいとすら思う。(思うだけで終わりかもしれないけど)

 

ああ、これからのことを思うと胸が躍る。

不安がない訳じゃない。むしろ不安ばかりだ。けれど、不安なんて打ち勝てばいいだけ。打ち勝てば望むものが手に入るのなら戦う価値があると思う。

今までライターとして働く上でも痛い思いをたくさんしてきたけれど、今懇意にしてくださっている企業の担当様から言われたことがある。

「どんどん戦ってください」

「ライターはみんな戦わないから、地位がどんどん低くなっている。能力があって、戦える人には戦ってほしい」と。

その一言で、全てを肯定されたように思えた。

安いお金しか貰えなかったり、トラブルが起きたりするのは私の能力不足ではないだろうか、と、悩んでいた時期があった。いっそ、ライターなんてやめちまうか。とか。文章で食っていくとか贅沢言わなければ、私は食っていくことができる。ならいっそ。

そう思った時に私は留めてくれたのは、私の文章を評価して、依頼をくれている人たちの存在だった。

本当に、彼らがいなければ、今の私は絶対にない。

評価してくれた彼らや、評価してもらえた私の文章のために、私は戦おうと決めた。

友人には「相変わらず戦国武将みたいな生き方してるね」と言われたけれど、誉め言葉だと思っておく。

私は私が望む世界を手に入れるために、これからも戦場に赴きたいと思います。

戦死したらしたで、それまでの話。

ちなみに私は例の理由で未だに保険に入れないので死んだら骨しか残りません!

わたしが思う『記事の質』と『全体像(記事構成)の考え方』

以前、記事の質について少しだけブログを書きました。

www.teihen-writer.net

ここに書いていることに加えて、最近思ったことがあります。

記事の全体像が誰も見えていない記事は質が低くなる

何を言っているのかと思われるかもしれません。

「文章が書ける」と「書けない」の差について考えた時、この答えに辿り着きました。

義務教育を卒業していれば、文章は書けます。なのに書けないというのは、記事としてどうまとめればいいのかがわからないということなのです。

喋っていることをそのまま列挙しても「記事」としてまとまりがないので、「記事として成立していない=書けない」という判定になるのだと思います。

ということは、記事の全体像(記事構成)を考えることができるようになれば『記事の質』とやらは格段にアップするのではないでしょうか。

記事全体像の考え方(ライター編)

私流ですので、これが完璧でも絶対でもないです。

が、ライター未経験の志望者にお伝えして感動していただけて、記事らしい記事が納品されてきたので、きっとそれなりに効果的なんだと思う方法です。

書くことをグループ分けする

資料があれば印刷する。

なければ見出しだけでもいいので書き出す。

全部はさみで切る。段落ごと、画像ごと。細切れにしすぎると大変なので、ある程度のまとまりを自分の中でルール化しながら。

切り出した紙をグループ分けする。

「この段落はこの段落とグループにしたら結論と理由が1つになるのでわかりやすくなる」とか、

「このアイテムとこのアイテムは色に共通点があるからグループ化して解説できる」とか。

グループに説明する順番を付ける。

グループの説明を段落ごとで行い、結論段落と結論段落でサンドイッチにする。

と、記事の全体像(記事構成)ができあがります。

なぜアナログでやるのか

最初からパソコンでやると、脳の一定領域が「パソコン操作」に取られます。

どれだけ操作に慣れていても、ほんの少しの不具合やミスで、思考が中断されます。

なので慣れないうちはアナログから始めた方がいいし、慣れていてもアナログ作業に移行するという手段を選択肢として持っておくと、仕事が捗ります。

 

余談

とは言っても、正直「クライアントからの依頼の貰い方」でかなり質は変わります。質の低い記事とやらができあがるのは100%ライターの責任ではありません。

記事全体像が「誰も」見えていない記事、と書いたのは、ライターもクライアントも見えていないという意味合いです。クライアントは見えていても見せていなければ同じという感じで。

「クライアントのせいだ」「ライターのせいだ」と言い合うのではなく、その時その時でお互いの問題点を話し合って交渉していくことは大事だと思います。

クライアントもライターもヒトなので、冷静に話し合えれば大体解決します。話し合ってすらくれないクライアントやライターとは仲良くしない方がいいとすら思います。

誤字脱字とコピペだけのチェックではない本当の意味での『記事チェック』ができる依頼主と仕事ができれば、心が震えるほどうれしくて楽しい仕事ができます。

依頼主さんにはこういう風に考えていただけたら嬉しいなぁとかもあるのですが、需要があるかどうかもわからないのでここで終わります。

底辺ネットライターに偉そうに言われても腹が立つだけかもしれませんし。

でも、底辺を見てしまったがために、おそらく人よりも世界が明るく輝いて見えているので、私はそれでよかったのだと思います。

ざっくり書いただけなのでわかりにくいし使えないかもしれませんが、誰かの心のたしになれば幸いです。

ライターを雇うことになりました

仕事がさばき切れない。なんて贅沢な言葉なんだろう。

せっかく書き始めた小説が、仕事に押されてなかなか進まない。ようやく、半分ぐらい。今月末までに全部書きたいのに、悔しい。

けれど、書いていてとても楽しい。ライター記事も、小説も。一昨年ぐらいに書いた小説は、自分でもごみだと思った。今書いている小説は、人に見て貰いたくて、友人にモニターのようなことをお願いしたりしている。骨のある意見を貰えるということは、それなりにできているということなのだと思えて、嬉しい。

こんなにもクリアな気持ちでもう一度文章と対峙できる日が来るとは、去年の私は、露ほども思っていなかった。

去年の自分に聞かせてやりたいと思いつつ、こんなことを聞いたらさぼってしまうだろうから、絶対に聞かせてやりたくない。

立ち位置としては、ライティングディレクターという形になる。人に言われて「そうなのか」ということで、名付けた。名刺も丁度切れたので、その肩書も追加して先ほど注文した。少し、照れた。

とは言っても、何かを新しく学ぶということはなく、ただ単に今までやっていたことに名前を付けただけだったりする。

雑多としたものをひとまとめにして名前を付けるだけで、輪郭がついてそれらしくなるものだなぁと思った。

きっかけとしては、まずは本当に仕事がさばき切れなかったこと。

その時、私がライターの道に引きずり込んだ友人を二名ほど、また引きずり込んだこと。

このチームが高評価な記事をスピーディーに生産できるチームであるということを客観的にご評価いただけたこと。

で、チームを拡大しようという運びになったのが、事の始まり。

私一人がライターとして楽しいのもいい。一人だけの仕事として、さばき切れない分をお断りするのもありだと思う。

今は本当に楽しい仕事ばかりで、どんどん知識が増えていって、「おじいちゃんみたいですね」とよく言われる。せめておばあちゃんでお願いしたい。

けれど、きちんと志しを共にして、誠実な記事を書いていけるライターと手が組めればと思った。今私が継続している仕事は単価もよく、コンスタントにいただけて、ブラックアフィリエイトみたいなこともしなくていい。

この仕事を手放すよりも、そういうライターと一緒に仕事を分かち合えればいいと、空想してしまった。そうすれば、インターネットの海はもっと早くきれいになるとも。

きれいなインターネットの海で泳ぐのが、今の私の夢の一つ。

馬鹿馬鹿しい綺麗事だと思う。けど、馬鹿馬鹿しい綺麗事でいい。綺麗事なんてと嘆くより、綺麗事ばかりと嘲笑される方が、私はずっと幸せだ。

きれいな海には、美しい熱帯魚も居れば、恐ろしい肉食魚や、未知の深海魚だっているだろう。そんな海を、私は泳ぎたい。

一緒に手を組むライターさんは、できれば対面でお話しながら講習など行いたいので、普通に求人募集を出しました。人生初の求人募集は淡々と行われ、皆が驚いた顔をしていた。

一番驚いているのは私です。

企業の勤め人という形ではなく、個人事業主から一歩足を出した感じです。

プレッシャーには強いのですが、数字に弱いので、そっち方面がこれから大変かもしれません。

これからも頑張っていきたいと思います。

生きるは恥だが死ぬは罪

文章を書くのが趣味で、文章を仕事にしていると、文章の息抜きに文章を書くという状態に陥る。果たしてこれは息抜きになっているのだろうかと少し考えるけれど、実際に息抜きになっているという実感があるので、息抜きなのだろうと思う。

何故か、仕事の為の文章を書いている時と、趣味の文章を書いている時とでは、頭の使っている部分が違う。仕事の文章を書いていると額付近の頭蓋骨が固まっていくような、こうして思うままに文章を書いていると、それがほどけていくような。

ここしばらくは、小説もまた書くようになった。書き上がったらどこかに応募しようとも考えている。どうなるかわからないにしても、夢を見て腕を磨くことが許されたこの環境で、私は死ぬまでにできる限りのことをやり尽くしたいと願っている。なんとなく書ける物を書くだけというのは嫌だったので、書けない物を書く努力を、今、している。認められなければそれはそれで終わるだけで、それはそれで私の人生なのだろうと思う。ただ書き散らかすだけ書き散らかして私自身が散る結果になったとしても、何もせずに「私だってやればできるのに」と独り言ちるよりもいいと思う。

私はいつでも死にたいと思っている。殺されたいとも。実際に殺されたらそれはそれははらわたが煮えくり返る思いになり、「この恨み晴らさでおくべきか」と化けて出るとは思うのだけれど、健康で何の事件性もない今、時折こうしたことをこぼす。

死にたいのは、生きるのが辛いから。

殺されたいのは、死ぬのが罪だから。

だからいっそ、誰かに殺されてしまえば私は何の罪も負わずに楽になれるのにと考える。実際に殺されようものなら、断罪せんがばかりに相手を罵倒しながら死んでいくのだろうけれど。

今、それなりに平穏に暮らしていても、独り言は「死にたい」のままだ。実際に死にたいのではない。表現を和らげると「穴があったら入りたい」。そう、私は生きていることがただひたすらに恥ずかしいのだと思う。「生きるは恥だが死ぬは罪」、略して生き恥という言葉をブームに乗って考えもしたが、リアル社会でなかなかこのようなことを発現する場面に恵まれない。ここで発言したかった。誰かに言いたかった。

だからなんだというところで、チャットワークが止まらないのでそろそろ仕事に戻ろう。「チャットワークが止まらない」というのも、何やら語呂がいい。これをタイトルにして、チャットワークをよく使うIT系のサラリーマンがミスをした時の悲喜劇なんてどうだろうか。

ブラック会社モデルタイプのようなベンチャーIT企業が舞台で、他に仕事がなくその企業に就職をしてしまった青年が主人公で、ブラックなプロジェクトのリーダーを半強制的にやらされていて、無茶苦茶な指示の中、それでも何とか職務を全うしようと努力するも、クレームに繋がる仕事をしてしまい、チャットワークが鳴りやまず、恐怖からグループチャットを勝手に削除して逃亡するところから物語が始まり、「俺なんてどうせ駄目人間なんだ」と自死に走ろうとするも、逃亡先々で何故かITの問題に困っている人と出会い、自分の持っている知識と技術でそれらを解決し、「俺だってやればできるんだ。謝ろう」と感動的に立ち直り、会社に戻ってきて社長からの許しを得て再度勤めるものの、「許してもらった」という建前から社長に逆らえなくなり、更に仕事がブラック化していく。「もう勘弁してくれよ~」と言っている主人公の首がワイプで絞められて、めでたしめでたし。

こういうことを考えている時が、一番楽しい。