底辺ネットライターが思うこと

思うことをひたすら書くだけ

変わる社会と変わらない社会と変えていきたい未来と

writer.hateblo.jp

こういう仕事はまだまだあるのだな、とこちらの記事で知った。

SEO用のブログに流し込むためだけの記事。オリジナルテキストで文字数が稼げればそれでいい。普段からパソコンを使っている人であれば、新しく内職の仕事を覚えるよりも手軽にできる仕事。

需要があり、供給があり、成り立ってしまっている。お互いが納得しているからいいのではと思ってしまうかもしれないけれど、そんな方法で検索上位に価値のない記事が出て来て、読者が騙されてしまう可能性を考えると、良しとは、私は思えない。

 

私は今、ライターとしてだけではなく、ライティングディレクターとしても活動している。契約ライターに記事案件を依頼し、記事の品質や納期などを管理する業務。

こうした活動を始めたのは、私から「やります!」と進言した訳ではなかった。ライターとして契約している、とあるメディアの編集部より持ち掛けられた話だった。

私があまりにも猛スピードで記事制作を進め、コミュニケーションも円滑にこなすため、「できると思うのですが、やってみませんか」と打診された。

「できると思われたんだったら、やってみるか」と、割と気軽に引き受けて、求人広告を出した。

これまで人に指示を出すリーダー的な立ち位置で仕事をこなしてきたという経験もあり、ディレクションをすることは難しくなく、自分でも思った以上にスムーズにいちビジネスとして「ディレクター業」は確立していった。

今となっては、「安心して仕事を任せられる」と、私たち“チーム”に対しての定期的な依頼もいくつかある。

が、私がライターとして仕事を依頼しているライターたちの中に、もともとプロのライターとして働いていた人はひとりもいない。

在宅業務の求人をかけたところ、シングルマザーや介護中の方、妊娠中の方といった「外に出られないけれどお金を少しでも稼ぎたい」という人が多く集まってくれた。

これは予想していたことで、むしろ、こうした方々が応募してくるだろうと見越していた。私はライティングを教えることができるので、教えれば大丈夫と思っていた。

「根気」と「パソコン」と「ネット環境」を条件として絞り込んで、適合した人は未経験者でもひとまず契約した。

文章だったら誰でも書ける。それを「記事」として当てはめられるかどうか。それは根気だけの問題、と、自分なりに判断した結果だった。

「WEBの記事とは」という考え方を頭に叩き込むところから始め、最初のうちは徹底的に記事をチェックして細かく細かく指導する。

「ブラウザって何ですか?」という人には「これがブラウザです」というところから教える。

「在宅で稼ぐ目的」がある人たちなので、ライティングを教えるとしっかりと勉強をして真面目に取り組んでくれる。向き不向きがある仕事なので、挫折してしまう人もいる。けれど、半年続けられた人は「WEBライター」と名乗れるほどに成長してくれる。

チームとして引き受ける案件は、書くことがすべて見出し単位で決まっている案件でも、私のディレクション費用を差し引いても1文字1円は絶対に切らない報酬設定でしか引き受けない。

それでも、私たちチームは成り立っている。真摯にメディアを作ろうとしているクライアントが増えてきている。

変わらない一面がある一方で、私は、確かにWEBメディア界隈が変化し始めているのを目の当たりにしている。全く変わっていない訳じゃない。少しずつ、変われる人から変わり始めている。

 

私がブラックアフィリエイトで溺れ死にそうになった人間だからわかるけれど、0.1円仕事は、どこか、自らの尊厳のようなものを削り落としていっているような気になる。もちろん、ならない人もいると思うけれど、その仕事をこなして「何かを積み上げている」という気持ちにはならないと思う。

私のもとで働いてくれているライターたちは、仕事を任せれば任せるほどキラキラと輝いてくる。ほとんどチャットでしか話さないけれど、使う言葉が明るくなって、仕事に対してどんどん前向きになって、自分の記事がメディアに掲載されてとても喜んでくれて。

あるひとりの人なんて、前向きになりすぎて、自立して社会に戻っていってしまった。成長が目覚ましい人だったのでとっても惜しい思いだったけれど、「あなたのおかげで、前向きに考えられました」だなんて言われたら、もうお祝いの言葉を贈るしかない。

仕事って、こういうものであってほしい。

「お金をいただいている」というこちらの思いと、「仕事をしてもらっている」というあちらの思いとがあって、どちらもが「良い物を創ろう」と思って前を向けるような。

 

これは考えてもみなかったことだけれど、シングルマザーや介護中といった「家を離れられないけど働きたい」という人に仕事を教えてお願いするということが、社会貢献になっていたらしい。

そちらに関して最近になって評価されるようになり、少々どころではなく驚いている。

けれど、確かにそうだ。0.1円案件だって、恐らくはそうした事情を持っている人たちが仕事が欲しくてやっていることだろう。需要は大きくある。

そして、「きちんと書いてくれるライター」を求めているメディアも増えてきている。供給も少しずつ増えてきている。

このまま、「ライティングディレクター」というビジネスをもっともっと確立して、大きくしていけば、0.1円案件のような案件も少しずつ減らせるんじゃないだろうか、と、夢を持って働いている。

夢を持って働くのは、いい。体中にエネルギーが満ちて、しびれて、「生きていてよかった!」と思える。やればやるほどエネルギーが溢れてくるので、「じゃあ次!」「もっとやるぞ!」となる。12月前半は少し頑張りすぎて、ここ数日間は風邪で寝込んでいた。肉体が精神についてこれないということは、もう少し筋肉に磨きを掛けなければならないなと思うところ。完治したら筋トレを再開しようと思う。

以前の私は、筋トレをしようだなんて思わなかった。仕事をするのも、食べるのも、生きるのも、何をするのも億劫だった。

夢を持って働くのは、いい。

小さな夢でいい。やりたいことなんてなくていい。

「少しでも副業で稼いで、子どもに何か買ってあげたい」

「介護中だけど、お小遣いを稼いでほんの少しだけ自由がほしい」

そういう夢があればいい。そういう夢を叶えられる社会がいい。

来年はもっと、そうした社会を広げていけるように。もっともっと、頑張りたい。

 

 

 

良い人

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こういうだらだらとした日常のこと(と言えるのかどうかわからないけれど)をブログに書き始めて、思うのは、「良い人って本当に良い人だな」ということ。

私がブログを始めたきっかけは、たくさんの人に読んでもらって褒めてもらえたからなのだけれど。

二束三文で叩き売りしていた文章に価値を付けていただいての始まりだったのだけれど。

情報性のないどうでもいい記事に感想をもらえることは、すごく嬉しかったりする。

私のブログは「他人にこれを読んでいると知られたくない」と思っている人も割といるようで、「でも感じたことを伝えたい」と思ってくれる人の中に、DMを送ってくれる人もいる。「そこまで感じてくれたことがあるなんて」と、嬉しく思う。

けれど、中には、「私のブログを読んでいる」「ブログ仲間だ」と言って、ブックマークをくれたり、私のブログに言及してくれたりするブロガーさんがいる。私がブログを始めた当初からずっと。

www.maskednishioka.com

正直、ニシオカさんがいなかったらとっくにブログをやめていたと思う。

ここまで率直に私に思いを伝えてくれる人は他にいないから。もしいなかったら、心が折れていたかもしれない。ブログはやめて、消して、リアルの世界だけで生きていっていたかもしれない。所詮私は承認欲求モンスターだから。認められて、生きていたいよ。

実は、ブログには、書けないことの方が多い。私はネットで正体を隠しているし、少しでも現実のことを書いたら特定されるような特殊な人間だから。

本当はもっともっと世間に言いたいことがある。叫びたいことがある。けれど、言えない。今はまだ。

核心を突かずに思っていることを棘だらけでつらつらと並べて、本当にしょうもないブログだと思う。

それなのに、ずっと「ブログ仲間」と呼び続けてくれて、見も知らぬ私のことを心配して見守ってくれて、ニシオカさんこそ「良い男性」「良いおっちゃん」の代表例だな、と思う。

「男性を紹介してもらう」という人生初イベントの感想 - 底辺ネットライターが思うこと

「このイベントは大成功だったと思う」このひと言が聞けて(読めて)、それだけで本当に良かったです。

2018/11/25 10:38

b.hatena.ne.jp

こういうひと言をもらえるだけで、ものすごくうれしくってたまらない思いになる。ああ、私って生きててよかったんだ、と、思う。「さっさと死ね」と言われているような出来事って、生きていて割とあるし。

こういう男性がいるから男性を信じていたいとまだ思えているし、そう思えているから表舞台で働けているし、人が社会で生きる上で必要なことはこういう小さな承認や肯定なんだと思う。

 

本当は、私の身の回りで起こっていること、包み隠さず書けたらいいのにな、と思うけれど、名誉棄損だとか何だとかあるし、そもそも私がこのブログを『私刑の場』にしたくないという思いがある。私がどんな被害を受けても、然るべき刑を受けるべきで、私刑はあるべきではないと思う。

もし「そう」する時は、私が自害を覚悟しても糾弾したいことがある時だと思う。社会のためになるなら死んでもいいかな、と思うことは、割とあるから。どうせ何度も死んだ身なんだし。

 

私は今、腹の中に、世間に叫びたいことをたくさんたくさん蓄えている。

言えるようになったらここに書きたいと思う。離婚した時みたいに、ある程度ほとぼりが冷めてからでないと、自分の中で整理がついてからでないと、片付いてからでないと言えないけど。

 

匿名ブログから始まった私の文章仕事は、今、信じられない勢いで広がっていっている。ただ黒子仕事をこなすだけではなく、あらゆるライティングに関する業務を請け負う立場になっている。

断じて、枕仕事はしていない。裏でそれを望まれたら全部表に引きずり出してやった。私はこれ以上、私の仕事を汚したくないから。互助会とかブラックアフィリとか、そういうのだけであれだけ発狂したのに、枕仕事とかやってられるか、と思う。

 

今やっている大きな仕事がいくつかあって。それらすべては、成果が出れば来年、私の“本当の名前”で世間に公表される。その業界であれば耳に触れるものもあれば、黙っていても耳に入って来るような内容のものも、ある。

「PTSDだと公にして仕事をしたい」という考えのもと、きちんと成果が出れば、ここで本名を明かしてやろうかと画策している。まだ、悩んではいるけれど。

もし、リアルとネットの私を繋ぐことで何か生まれるのだったら、と、真剣に考える。

でも、生まれるんじゃないだろうか。言いたいことも言えないこんなポイズンな世の中で、私みたいに恥ずかしげもなく自分の内側をさらけ出している人間が結果を出しているとなれば、そういう性質の人間に対する世の目も変わるんじゃないだろうか。

 

今現在での、リアルの私とネットの私、どちらが実体でどちらが虚像なのかはわからない。

全部本当で全部嘘。どちらも本音で、どちらも自分で、どちらも虚飾で。私自身、どれが本心なのかわからない。お酒を飲んで湧きだした言葉を本心だというけれど、それは本能の衝動でしかなくて、本心は理性側にあるかもしれないし。本能=本心、という図式を、私は危うく思う。

そもそも、本心って何なんだろう。よく、怒った人に対して、「ほーら、本性が出た」とか言うけれど、「怒り」が人の本質なんだろうか。私は、そうは思えないけれど。

本性とか本心がどれなのか私にはわからないけれど、もし、それを欠片でも伝えてもらえたら、いろんなものが変わるのにな、と思う。

ほんの少し、承認されたいだけ。多分、ほとんどの人がそうなんじゃないだろうか。もし、そういう惨めな思いを認められたら、いろんなことが変わるんじゃないだろうか。

本当に、ほんの少しでいい。本心を伝えてくれたらと、必死に願っているんだ。情けないけれど。

「男性を紹介してもらう」という人生初イベントの感想

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そんなこんなで、男性を紹介してもらうというイベントを体験してきた。

ここひと月、ふた月の間で、色々な人から、「イイ女として生きる」「女を楽しむ」ということを人から語られることが多くあり、感銘を受けることが多かった。「“女”として生きていいのか」と、許しを得た気持ちだった。

こうして生きる女性、こうして生きる女性を好む男性は、はたから見ていて素敵な人ばかりで、「こういう人たちとずっと仲良くしていきたい」と思った。
だから、「女性として生きることの楽しみ」「女性としての自信」をごっそりと置いてきてしまったせいですっぽりと空いてしまった穴を埋めて、そうしたキラキラと輝く人たちと共に在れるようにと祈りにも似た思いで、色々とチャレンジを始めていた。

インターネットが普及して、多くの人の意見が飛び交うようになって、人がどんどんカテゴライズされていく。
「カテゴライズ」という言葉を使うと冷たいようにも思えるけれど、「住み分け」と思えば、住み心地の良い社会を作る上で、必要なことのようにも思える。分かれた者同士がいがみ合うようなことさえなければ、「VS」ではなく「&」の関係を丁寧に築いていけるのであれば、ひとつ、人が「野獣」ではなく「人」として生きていくために。

私は「女」であり、「性犯罪被害者」であり、「精神病患者」であり、「メンヘラ」であり、「ライター」であり、「自営業者」であり、「人」であり、と、あらゆるカテゴリーを持っている。
それらすべてはある視点から見れば大きなカテゴリーで、ある視点から見れば小さなカテゴリーで。
結局、すべてのカテゴリーは特大のカテゴリーによって包括される。結局、同じところに住んでいる。同じところに住んでいるから、よりよく住むために、カテゴライズして住み分けようと人が動いているのが、今の社会なんだろうな、と思う。

そのために、色々、はっきりと言っていこうと、そこで分かれる人とは別れよう、と、思った。
なんて、人によっては「そんなこと当たり前」なことに、最近気付いた。

 

またもや話が逸れたけれど、こういうイベントが発生したのは、そういうチャレンジを始めていた影響もあるのかもしれない、と思う。「引き寄せの法則」は在る、と、私は思っている。思考は、現実になる。

しかしながら、私はまだこの試みを始めたばかりで、男性の前でどこまで「女ぶる」のが正しいのか、全くわからなかった。

私にとって「女ぶる」ということは「女という性を差し出す」ということで、それはとても居心地が悪く、恐ろしいことだった。他の女性がそれを上手にしているのを、尊敬すらしていた。

メイクもしている。スカートも穿いている。髪の毛も伸ばしている。けれど、そのどれもが「処世術」に近いもので。私にとって「女ぶる」とは違うと思えていることだからできていて。

全く意識せず行っても相手に失礼だし、意識し過ぎていても引かれそうだし、何をどうするべきなのか全くわからなかった。「ちょうどいい“女”感」というものが、まだ私の中にないんだと思う。

そんなことをしばらく考えた結果、「身だしなみを整えてスカートを穿いて行ったら大丈夫」という雑な結論に辿り着いた。とても遠回りしたと思う。

 

そうして迎えた当日。内心、とても緊張しながら、そうでないように振る舞っていた。

「どんな人だろう」というときめきを期待するような緊張感もあるけれど、「もしまた何か問題が発生したら」という不安もあった。

紹介者が間にいる以上、無茶はしないだろうとは思うけれど、もし、もしまた何かあったら。それか、本当にお見合い然とした会で、すぐにそういう話になったらどうしよう、なんてことも考えた。まだもう少し、仕事を本気で頑張る季節を続けたい。

私が先に店に到着して座って待っていて、男性は紹介者と共にやってきた。

とても社交的な紹介者だったので、似た印象の人を想像していたら、全く正反対の人だった。

挨拶は、目を合わせてくれなかった。けれど、嫌な感じは一切なくて、「ああ、照れてるんだな」と思った。

社会人らしく名刺交換から始めて、紹介者を交えて雑談した。

何を話したかあまり覚えていない。主に紹介者を介して話していた気がする。緊張していたのもあって、ずっとお酒を飲んでいた。楽しかった、という記憶はある。

しばらくして、紹介者が去り、大人の出会いらしく2人でバーに移動することになった。

正直、それなりに緊張していた。

出会ったばかりですぐすぐ男女の関係になる、というのは、私はできなくて。そういう流れになったら私はどうするのか。恐怖を前に屈してしまうのか。屈しながらも逃げることができるのか。頭の中はそういうことでいっぱいだった。

そういう時の私は、とにかく饒舌になる。相手があまり話さない人だったのもあって、とにかく自分の話ばっかりしていた。主に仕事とか、文章のこととか。
異性として会っているはずなのに、どうして女性として振る舞えないのか、自分の出来の悪さに驚いた。

けれど、相手は真剣に聞いてくれて、徐々に心を開いてくれて、相槌を打つだけではなくて自分の仕事の話もしてくれて。相手も好きなことを仕事にしている人だから、共感してくれたのかもしれない。少しずつ目が合うことも多くなって、体をこちらに向けて楽しそうに話をしてくれるようになって。

最終的には「休日は何をしてますか?」という会話をするところまで辿り着いた。

「誘われなければ出かけないし、出かけない時はずっと書いている」という色気のない返事に嫌な顔ひとつせず、「それだけ好きなことがあって仕事にできているって羨ましい」と笑ってくれた。すごく良い人だな、と思った。

終電が迫り、席を立とうとした私を相手は引き留めた。

「呼び止めるとは、まさか」と邪推した直後に、
「連絡先を」と言われた。そんな当たり前のこと、すっかり忘れていた。

つつがなく連絡先を交換して、「じゃあ、また近いうちに」と言って、駅で別れた。

 

電車の中で、私は、衝撃の余韻に浸っていた。

この人は、最初から最後まで1ミリたりとも私に触れなかった。

連絡先を聞いてくれて「近いうちに」と言ってくれたということは、私に興味を持たなかった訳ではないんだろう。なのに私に全く触れなかった。このことは、私にとって非常に新鮮で衝撃的だった。

ケン・ウィルバーは「男は常にテストステロン衝動性(Kill or Fuck)のベースを持っている」と言っている。これはベース、本能の話であって、現代社会を生きる良識を持つ人たちはそれを当然のように理性でコントロールしているのだろう。けれど、あらゆる目に遭ってきた私にとって、「抑えきれないもの」なのだという認識が強くあった。

万物の歴史

万物の歴史

 

もしかすると、私に対する異性としての興味が極小だったからかもしれない。けれど、極小の興味を爆発させて無茶をする輩がいる中で、とにもかくにも私は。

あまりにも衝撃だったので、この日のイベント結果を心待ちにしてくれている友人にすぐLINEで報告した。

「それが普通だよ」と言われて、もうひと度衝撃を受けた。

その上で「いい経験ができて良かったね」と言われて、泣きそうになった。

異性として出会って、興味を持ってくれた上で、普通に関係を築いてくれた。それが私にとって、嬉しくて仕方がないほどの出来事だった。

もしかすると、これが普通の男性の「興味を持つ女性」に対する振る舞いなのだとしたら、気付いていないだけで、私を「人」として見ながらも「女性」として意識してくれている人はいるのかもしれない。と、思えて、その日から少しだけ周りの男性を見る目が変わった。

ものすごくときめいた、とか、運命の出会い、とか、そういうものではなかった。けれど、「やっぱり、良い男性は居るんだ」と思わせてくれた出会いだった。

 

その後も、どうでもいい雑談メッセージを送ってくれて、「この人は私の心と仲良くしようとしてくれている」と、妙に感動した。きっと、これが当たり前のことなのだろう。「私は今、普通の人っぽいことをしている」と思うと、嬉しい。

女性として大事にされたことがない訳ではない。むしろ、前の夫は、とにもかくにも私を女としても人としてもめちゃくちゃ大事に丁寧に扱ってくれた人だったな、と、今も思う。だからこそ、男性を信じたいと願えるのだと思うほどに。こんなに素晴らしい人とうまくいかなかったのだから、私はやっぱり、男性と上手に関係を築けないのかもしれない、と思うほどに。

この人と、なのかはわからない。実際に男女として関係を構築するとなったとして、うまくやれるかどうかはわからない。

けれど、私はきっとこれから先、どこかで恋ができるのだろうと思えた。それだけで、このイベントは大成功だったと思う。

私はレイプされても彼女と同じことを言い続けている

ふと、「はるかぜちゃん」こと春名風花さんのツイートが目に留まった。

 

「レイプにあえば同じことは言えない」と仰いますが、もしぼくがそういう被害にあっても、あの時と同じように怒ってくれる男性はたくさんいると思うし、二度と被害に合わないように守ってくれる男性もいると思います。

— 🍁春名風花🍁 (@harukazechan) November 14, 2018 

私も、そう思います。

私は、被害届を出して事件化したこと以外にも、多くの性犯罪被害を受けてきました。レイプも、一度ではありません。

そこまで及ばない被害は、もう、数え切れません。

それでも私は、性別ではなく人間性だと思えていますし、今でも言い続けられています。

散々な目に遭ってきたけど、素敵な男性と出会って恋をしたいし、そういう幸せも堪能したい。

「男性は警戒すべきもの」と、個人が考えて動く分にはその通りにしたらいいと思うけれど、どうして、警戒しなければ怒られるのか、私には理解できません。同じ人なのに。

「レイプされたのにどうして男性が怖くならないの?」と聞いてくるのは、本当に失礼極まりないと思う。私に対しても、良識を持って生きている男性に対しても。

でも性的嫌がらせをするのが男性なら、その嫌がらせから守ってくれる人たちもまた、男性でした。父やマネージャーや警察の方や近所の方など、みんながぼくを心配し、守ってくれました。私たち女性がそうであるように、悪い男性もいれば良い男性もたくさんいることを、被害にあったぼくは知っています。

— 🍁春名風花🍁 (@harukazechan) November 14, 2018

 

どちらにせよ、「加害者が男性だった」と言うことで、「男性は悪人、女性は善人」という決めつけをすることは、ぼくはまったく意味の無いことだと考えています。もちろんイヤな目にあった後はぼくも男性が怖かったですし、気持ちは分かりますが、人を「個人」で判断することをあきらめないでほしいな。

— 🍁春名風花🍁 (@harukazechan) November 14, 2018

本当に、その通りだからです。

私を傷付けた人の中にも、私を助けてくれた人の中にも男性はいました。

性別じゃない、人間性なんです。「個人」なんです。

警察という組織の中にも、良い人間性の人、よろしくない人間性の人がいて、良い人間性の刑事が私を助けてくれました。

あの時、現場検証に疲れて車中で眠ってしまった私が起きた時、刑事さんが差し出してくれた缶コーヒー。「そんなことで目くじら立てるな」と騒ぎ立てる人たちに囲まれていた時だからこそ、すべてを肯定された気になって涙が出ました。その刑事さんも、男性でした。

またその反面同じ女性でありながら、自衛が足りなかったと責める人もいるでしょう。

— 🍁春名風花🍁 (@harukazechan) November 14, 2018

 同じ女性だからこそ、「芸能界なんかに入ってチヤホヤされているのが悪い」「まともな生活をしている女性なら被害に合わない」と被害者に追い打ちをかける人がいることは、山口さんの自宅に呼ばれた人や、シンガーソングライターさんが刺された事件、先日のハロウィンの痴漢問題でも分かっているはず。

— 🍁春名風花🍁 (@harukazechan) November 14, 2018

私も、女性にこういうことを言われました。

「髪の毛を伸ばしているから悪い」

「スカートをはいているから悪い」

「女っぽいから悪い」

こうしたことを言う人こそ「まともな生活」を送っていないのではないかと思います。

本当にまともな生活を送っている人なら、そんなことは言わない。法に於いて加害と認められたことに対して、被害者に責任を求めるようなことは、しない。それが良識ではないでしょうか。

あと、ショートカットでジャージを着ていても襲われた経験がありますので、これは絶対に違うと言い切れる。

 

 

 

セクハラや性犯罪の話になると、どうして「男VS女」の図式を作りたがる人が多いんだろう。

責めるべきは、性別や属している組織ではなく、さらに言うと「加害者」という人でもなく、「罪」だと思う。

「罪」をしっかりと罰して、更生して、良識ある人となってくれたら一番美しいのに、と思う。理想論だけれど。

 

そもそも、法律を

「これをやったら罰ゲームを受けるルールブック」

として読んでいる人が、多すぎると思う。

 

そうではなくて、法律は

「これをやったら人が傷つくことリスト」

なんだと私は思う。

 

人が傷つくからやっちゃいけない。それの抑止として「刑罰」がある。

「刑罰」があるからやっちゃいけない、じゃないんだ。

 

強姦罪が強制性交罪になったり、法律を改正して多くの被害者を救おうとする動きがある。

#me too 運動が広まって、被害の声が上げやすくなった。

被害者の多くが女性であって、男性を責める声が大きくなったから、「男VS女」の色が深まっているのだろう。

 

被害の声があげやすくなったことはとても良いことだと思う。

けれど、このままただいがみ合うだけで終わるのは、良くないことだと思う。

では次、先を望むにはどうするか。

それを考えなければならない時間が始まっているように思う。

法を読む人の心、人を信じる人の心、人を思う人の心。

どうすれば良くなるのか、争わず、男女が人と人として会話をして、心豊かに過ごしていけるのかを論じ合えるのか。

「私は酷い目に遭ったんだ」と叫ぶだけでは意味がない。

だからどうしたいのか。

加害者を罰してほしいのか。これ以上、被害者が増えないような社会にしたいのか。

それぞれが「ゴール」を見据えていかなければならないのではないだろうか。

 

私は、これ以上被害者が増えない社会にしたい。

では何をするべきか、と考えた時に「公的機関に相談する」というような「然るべき対処」が大事だと思った。

もちろん、公的機関の人間が頼りにならないこともあるけれど、インターネットが普及している時代、こちらも知恵をつけて言い返してやればいいだけだ。

私が裁判をした頃は今ほど情報が潤沢ではなかったけれど、「そんなんばっかり言ってるから自殺者が減らないんじゃないんですか」と言い返しただけで、法に則ってくれた。

結局、警察も検察も「ちょっとキツく言ったら黙るだろう」という前提でいるので、強く言い返せば話を聞いてくれる。

「憤る人」はとかく醜い者として描かれがちだけれど、然るべきタイミングで憤りをあらわにすることは、人として生きていくために絶対に必要なことだと思う。

「然るべき対処」をしようとすると、保身のために、被害者のあらを探して、加害者ではなく被害者を責め立てて「そんな酷いことするべきではない」と言う人たちがいる。

これは、性犯罪に限ったことじゃないと思う。わかりやすく判定できる罪ではない限り、こうした事象はつきまとう。

「わかりやすく判定できる罪」とは、人か物が目で見てわかるほど損傷が被害の結果としてある罪。血が流れているとか、割れているとか。

「わかりやすく判定できない罪」は、目で見てわからない損傷が被害の結果としてある罪。これは、自分が傷ついていることにすらすぐに気付けないこともある。思考にバイアスもかかるし、何が起こったのかわからないこともあるし。しばらくして、あらゆるものが壊れていることに気付いて、いよいよ被害に気付く。

被害に気付いた時が、叫ぶ時だと思う。どんなタイミングであっても。

誰に非難されても、辛いと思った時は誰もが「辛い」と声を上げていいと思う。声を上げるべきだと思う。それが、誰かへの相談なのか、公的機関に頼ることなのか、TPOによって変わるとは思うけれど。

「どうせ警察に言ったって何も変わらない」ではなくて、意思表示をすることが大事だと思う。選挙と同じだ。声が大きければ、何かが動く。

今の社会は、「それぐらいい許してやれよ」が積み重なって、許さない方が悪者みたいに扱われることが当たり前になって、だから本当の悪者が「しめしめ、そうすれば悪いことをしても怒られないんだな」と知恵をつけてきていて、善悪の判断がおかしくなっているのだと思う。

だから、「それぐらいじゃねぇんだよこちとら傷付いてんだよ」ってキレていいと思う。周りの誰に何を言われても、それが法律の示すことであれば。

合法とか脱法とかいう言葉もあるし、法律が絶対にいつ何時でも必ず正しい訳ではないかもしれないけれど、悪意で作られたものではない。

人を守るための善意で作られたもの。だから、それと良識に従って選んでいけば、必ずいつか健やかな場所に辿り着けるのだと思う。

そしてそうした積み重ねが、人の意識を、社会を、世界を、健やかなものに変えていくのだと、私は信じている。

 

こうしたことは、ずっと考えていて。

特に最近はものすごく考えていて。

リアルの世界で、少しずつ始めていることがあって。

そのひとつが、自らが主に性犯罪被害によってPTSDを患っている身だと明かしていくという試み。

「もしバレて、社会から省かれて生きていけなくなったら」と思って隠していたけれど、もし私に生きる場所がないならとっとと死ねばいい。どうせ隠しきれる自信なんてもともとなかったし、生き地獄よりも、そっちの方がずっとまし。

と、思っていたのだけれど、この試みが功を奏して、私を取り巻く世界が変わり始めました。まだ、チャレンジして間もないのだけれど。

性別に関わらず、思ったよりも理解を示してくれる人が多くて、性犯罪問題とか、ジェンダー問題とか、そういうことを話し合ったり。

「被害のせいで被害を呼ぶ体質になっている」ということを理解してもらえる。それだけで、随分、社会に受け入れられた気持ちになった。

そうした人がいると思えたら、理解してくれない人の暴言に涙することも少なくなった。理解してくれない人の暴言に、私よりも怒ってくれる人もいる。

認められること、それだけのことが、とても嬉しい。私はそれだけで幸せな気持ちになれる、ちっぽけな普通の人間なんだと思い知る。

その中で、仕事が動いた。決断してよかったと思えるほどに。

これがどんな結果をもたらすかわからない。スタートが良くても、ゴールがどうなるのか。終わり良ければすべてよし。終わり悪ければ目も当てられぬ。けれど、何もしないより、まし。

これからどうなるかわからないけれど、どうせ何度も死んだ身だ。死ぬ気でやれるところまでやってやろう。死ぬまで生きてやる。腹はくくった。

 

そんなことを始めたタイミングで、はるかぜちゃんのツイートを非難しているツイートを見つけてしまって、「そりゃ曲解にもほどがあるわ」と思い、キーボードを叩きまくりました。

男性とか女性とかジェンダーレスとか、そういう性別がどうこうとかじゃなくて、皆が健やかに生きていける社会になるといいな。一日でも早く。

「男性を紹介してもらう」という人生初イベントを経験した

どんな痛い目に遭わされても、「二度と男性とお付き合いするものか」と、今の私は思わない。

そう思っていた時期もある。「男性」という性質そのものに憎しみと恐れを抱いていた時期が。けれど、ずっとずっとそうした思いを抱えながら生きてきて、「悪いのは男性という性質ではなく、加害者という性質」ということだと、思い知った。優しい男性だっているし、酷いことをする女性だっている。性別じゃない、人間性なんだ。

疑心を手放して人を信じることは、何とも心地が良い。人間性なんて、ひと目見てわかるようなものではないので、痛い目を見ることも当然ある。この人は私利私欲のためになんて酷いことをするんだろう、と思う人も、いる。酒池肉林は決して幸福ではなく最上級の快楽でしかないと思うのだけれど、未だにそれを最上級の幸福だと信じてやまない人が多くいて、そうした人たちは、人から奪っても幸せになれると思っているのだろう。簡単に奪いに来る。「奪われるお前が悪いのだ」と、こちらを蔑む。

しかしながらここはサバンナではなく日本であり法律に従って国民が生きている(はず)の社会なので、そうした人は公的機関に頼って徹底的に何とかしていってやろう、と思う次第。ここ1年で、その思い、志しを一層深めることとなった。

そうした事に見舞われながらも、「人を信じる」ということの、何と心地好いことか。四六時中疑心を抱き、あちらこちらを睨み付けて生きるよりも、人を信じて痛い目に遭う方が、ずっと良い。信じられぬと嘆くよりも人を信じて傷付く方が良い。

贈る言葉

贈る言葉

 

本当に心の良い人たちは、信頼を返してくれて、良い関係が築いてくれる。私は人より多く痛い目酷い目に遭っているけれど、人より多く素晴らしいご縁に恵まれているとも思う。だから、これからもずっと、痛い目に遭おうと、このスタンスで生きていくだろう。虎穴に入らずんば虎子を得ず、というと、少し大袈裟だろうか。

 

いつも通り、話が逸れに逸れてしまったのだけれど、こうしたことを日常的に考えているのだから、何も考えずに筆を進めるとこういう話になってしまうのは私にとって仕方のないことなのだろうと思う。思うままに書き、思うままに公開する。これが私の楽しいこと。

 

さて、タイトルの件に話を戻す。

先日はじめて、「男性を紹介してもらう」というイベントを経験した。

女ひとり自営業、よくよく思えば今年の7月ぐらいまで休みらしい休みを取っていなかった。昨年はすべての日を仕事か勉強か交流会に費やし、「今年中に仕事を確立させる」ことに躍起になっていた。特段金持ちでもない私が仕事のために投資できるものは、時間と体力しかなかった。技術に自信があったって、見てもらえなければただの趣味。見てもらうためのチャンスをつかまなければならない。必死だった。

努力が実り、今、こうしてゆったりとした時間を過ごしながらも生活できるまでになった。書きたいと思える記事を真剣に誠実に書き、人に文章を教える生活。

私は人に教えることも好きみたいだ。その人の目から鱗が落ちて瞳がキラキラと輝き出す瞬間を見るのがとても好きだ。そうして書けるようになって、忙しい生活の中で失っていた「自我」を取り戻した人もいた。文章って、すごい、と思う。書けるようになるだけで、失いかけていた自分を取り戻せるのだから。

文章を書き散らかす生活の中で得た、私だけが教えられる文章の書き方。この仕事も、どんどん拡大していけたらいいな、と今は思っている。

 

どんどん、話は逸れていく。全く本題に入らずにして、1457文字を費やした。

そうして多忙な生活を送る中で、異性と出会って恋に落ちることはなかった。

既婚男性と友人関係を続けていく中で、どうしても奥様からの疑いの目は避けられないので、その疑いを晴らすためだけに恋人を作ろうと努力した時期もあった。けれど、気が乗らなかった。そうしたことに時間を費やすよりも、文章を書いたりマーケティングの勉強をしたりしている方が楽しかった。「合コンさしすせそ」で成立してしまう会話を、私は楽しいとは思えなかった。

論じたい、論じたいんだ。面倒な女だと思われようと、「LINEスタンプのみで会話が成立することが若者の問題のように語られているけれど、これは文字の象形文字返りに似た現象ではないか」というようなことを話している方がずっと楽しいんだ。そしてそれに対して「その見解は」と続いていく会話が好きなんだ。私の知らない論理を展開してくれる人にインタビューよろしく質問を投げかけていく形式の会話も好きだ。そういうのがいいんだ。そういう男性との出会いはこれまであったけれど、色っぽい話にはならなかった。私はそういう人間なんだろう。

今年の夏ごろから、勉強会や交流会に行く回数をぐっと減らした。本当に行きたいと思えるところにだけ行くようにして、休みを確保するようにした。

行きたいと思える場所は、どこも、心の良い人たちが集まる心地良い空間。交流会と言ってはいるけれど、友人同士が決まった周期で集まるような感覚の場所。大人になると、忙しいということを理由にして、友人と定期的に会うことは少なくなる。交流会、という名前を付けたら、まるで仕事の一環のような気分で友人たちと会うことができる。そういう空間は、これからも通い続けたいなと思っている。

そうして出会った人たちの中で、とある女性に、「独身なの?」と聞かれた。独身って答えたら語弊があるような気がして気持ち悪くなってしまうので、「バツイチです」と答える。「正直な人ね、「独身」でいいのよ」と笑われること、多々。私はそれでいいんだと思う。

「どんな人がタイプなの?」と聞かれた。

タイプ、と言われると、特にない。私は身長が高いので、男性のプライドを傷つけてしまうことがある。だから、私より身長が高い人でなければ、と思った。

そして、真面目じゃない男性は気が合わない。すべてのルールをいつ何時においても守らなければならない、とは思わないけれど、ルールというものは、団体生活の中で、人を傷付けず権利を守り、健やかに過ごしていくために存在しているものなので、基本的に守らなければならないし、それを私利私欲のためにやすやすと破ってしまう人は苦手だ。だから、軽々しく「独身だから寂しいんでしょう」と腰に手を回してくる既婚男性は、本当に嫌い。けれど、PTSDのせいで、そうした男性を簡単に突き放すことができない。突き放せばどんなに恐ろしい目に遭わされるだろうというフラッシュバックが先に来る。だから、怖い目に遭うことが人より多い。被害は永遠に被害を呼び続ける。本当にやめてほしいです。

と、いうようなことを思いあぐねた結果、「長身で真面目な独身の人」という回答をした。「独身の人って条件、いる?」と聞かれるけれど、言っておかなければならないような気がして、言ってしまう。馬鹿正直なんだろう、私は。そうしないと自分が気持ち悪くて仕方がない。

そんな人なかなかいないだろう、と思った。そしたら「知り合いでひとり、そういう男性がいる」と言われた。

「会ってみる?」と聞かれ、私は相当動揺した。そんな人はいないと思っていたんだ。だから軽々しく口に出してしまったんだ。けれど、言ってしまったからには「結構です」とも言い辛い。「じゃあ、とりあえず……」と弱々しく返事をした。1時間後には、会う日程が決まっていた。

頭の中は軽くパニックだった。先方は私より年上の方ということで、これはもうお見合いのようなものではないかと思ってしまった。紹介してくれた人も言葉の端々に「結婚」を匂わせた。「え? 私お見合いするの?」と、相当に動揺した。

独り暮らしを謳歌し始めた最近。ああ、独りってこんなに清々しく自由なんだ、と、とても楽しんでいる。結婚生活も楽しかったけれど、とにもかくにもしがらみが多かった。血とか地とか、そういうものが苦手だ。結婚をすると、そういうものも視野に入れなくてはならなくなる。そういうものがなければ、私は今独りではなかっただろう。愛だけは、最後のその時まで多分に在ったから。

そして、私は病気だ。最近は発作も頻繁に起こっている。そんなような人間がそのような場に現れて良いものか、と、思った。しかし、これに関しては「大丈夫」とすぐに思い直した。もし、私ではない別の人が、「病気だから」という理由で行動を制限してしまうのを目の当たりにしたら、私はそれを諭すだろう。そんなことが理由で行動が制限されていいはずがない。普通の人として生きる権利を、私たちは持っているはずだと。

だからひとまず、会いに行くことにした。

 

ここまでで、3605文字。まだ本題には入っていない。いくつになっても、初めての経験ということは、視野を広め、考えを深めてくれるものだと思った。まだまだ人生、先は長い。どんどん経験して書き散らしていこう。

時間が足りなくなってしまったので、続きは後日、書く気になったら。

悪化の迷路とひどくなる発作

一昨日の昼前、11時過ぎぐらいだろうか。それぐらいからPTSDの発作が始まって、12時半頃、ようやっと治まった。

文章を書く仕事をする、ということは、私がやりたいことなのだけれど、自営業である、ということは、私が生きていくうえで貫かなければならないことなのだろうと思う。だって、発作が起こる度に休んでいたり遅刻したりしたら、組織にはいられないでしょう。私はずっと、いつでも独りになれる状況にいないと、生きていけないのだと思う。なんて恐ろしいステータス異常だろう。

いくつになっても、辛い痛い酷いことは、起こる。恐ろしいことに、複雑性PTSDを患っていると被害に遭いやすい人格形成が行われるらしい。だからだろうか。そういう目に、よく遭う。

今年に入って少しした頃から、じわじわとPTSDが悪化した。

今、ようやくこれ以上の悪化を食い止めて、回復に向けて尽力できる場所にいる。

悪化の一途を辿っている最中よりも、悪化したということを自覚して、発作に耐えなければならない状況の方が、辛い。

おかしなことに、悪化の一途を辿っている時はいっそ「ラク」だ。思考に異常なバイアスがかかって物事の判断基準が狂う。自らを痛めつけるような間違った選択でも、何かしら理由を付けて正しいと思い込むことができる。

そしていよいよぶっ壊れる。

ぶっ壊れると、体が思い通りに動かなくなる。頭も思うように働かなくなる。

間違った選択で迷い込んでしまった迷路から逃げたくなって、走り出す。この時、誰かしらが「こっちだよ」と出口に導いてくれて、事なきを得ることもある。けれど、「お前が自ら迷い込んだのだから、一生そこで迷い続けていろ」と言われて、その場に座り込んでしまうこともある。そうして歩く気力をなくしてそこで死んでしまう人がいる。

私がこれまで死ななかったのは、なんとなく横にある壁がよじ登れそうな気がして、よじ登って、迷路から脱出できていたから。

その壁はざらざらと、とげとげとしていて、体が傷だらけになる。「迷路なのにそんな方法で出ていくなんてルール違反だ」と怒る人たちに罵倒される。それでも生きるために、壁をよじ登る。

迷路から出ると、世界は広く広がっていて、ああ迷路ってこんな小さな箱だったんだと思う。

これまで大事に背負ってきた荷物や、あらゆるものをその迷路に置き去りにしなければならない。二度と取りに戻ることは叶わない。迷路まで辿り着くまでの道にも戻れない。どれだけそこに大切なものがあったとしても。

それでも、死ぬよりはましだと割り切ってそこを後にするしかない。そうして私は今、傷だらけで今ここで生きている。

 

発作は、苦しい。

不思議なことに、何もされていないのに、体が震えて、肌がぎりぎりと痛み始めたり、誰もいないのに、何も聞こえていないのに、頭の中が他人からの罵倒でいっぱいになったりする。

蹲り、じっとそれらが過ぎ去るのを待つのが、最も早く発作が過ぎ去る方法。過ぎ去らなければ、頓服薬を飲む。そうして少し眠れば、頭の中が空っぽになった状態で起きることができる。それは決して気分が良い訳ではなく、喜怒哀楽の一切を失って、辛いことすら辛いと思わなくなって、それが正しいのかどうかはわからない。ただ、今「辛い」から逃げられるだけ。

私はもう慣れてしまっているからか、これがこの病気の人の普通なのか知らないけれど、「ああ、やばいな」と思い始めてからでも、普通を装って行動することができる。

買い物中にこうなることも割とよくあって、そうすると、自分が何を買いたいのか、何を買っているのかということがわからなくなるも、傍から見れば普通に買い物をしているようにしか見えないだろうという風に装うことができる。

けれど、頭の中はパニックだから、帰宅するという判断も冷静にできない。あそこに行かなくちゃ、あれも買わなくちゃ、と、余計にあちこちに足を向け始め、体は疲弊しきってしまう。下手すれば知らないところに行ってしまって帰れなくなることもある。

一昨日は、偽物の痛みと声に震えながら、普通に仕事のやり取りをしていた。電話もたくさんしたけれど、多分、誰も気付いていないだろう。そうしている間に、止めどなく膨らんだ偽物が、爆発して、私は動けなくなる。時に、何かがその火の点いた導火線を切り落としてくれることもある。一昨日は、誰も何も切り落としてはくれなかった。

爆発して、「痛い」とか「やめて」とかを繰り返しながら蹲っていた。

けれど、薬を飲むところまではいかなかった。私を助けたのは、独り暮らしを始めて書くようになった日記だった。

日常の出来事を書き留めるのはもちろんのこと、発作が起こった時に、その時の感情を書き留めるようにしていた。一昨日も、書いた。「どうして殺してはくれなかったのだろうか」で、終わっている。

いつも酷い目に遭う度に思う。そうして蹂躙するのなら、いっそ殺してくれたら良かったのにと。けれど、殺されたら殺されたで絶対に化けて出てやるから、絶対に誰も私を殺してくれるな。私は死ぬまで生きてやると心に決めているから。その権利まで奪われてなるものか、と、発作の治まった今は思う。

悪化の一途を辿っている時と同じ異常なバイアスが、発作中の私を支配しているのだろう。幸い、他傷ではなく自傷方面にバイアスがかかっているから、良かったと思う。もし万が一自分を傷付けてしまったとて、罪に問われることがない。例えそれがこの世の最も重い罪で死後の世界で地獄の責め苦を受ける羽目になろうとも、人の生きる世界で、責められることはない。

日記を書いていると、息が荒くなって、涙がぼたぼたとこぼれてくる。けれど、ペンを進めているうちに、どこかのタイミングでぴたりと書くことがなくなる。そうしてしばらくじっとしていると、呼吸ができるようになって、飲み食いできるようになる。飲み食いで気を紛らわせながら、さぁ薬を飲もうかどうしようかと悩む。飲んでラクになる時もあれば、飲んでしんどくなる時もあるから。

日記は、良い。

今まで気付かなかったことに、不思議と気付き始める。冷静に客観的に自らを振り返って、「異常な思考バイアス」にも気付けた。

ずっと、ずっとずっと、生きてきてこれまで、過去や未来を思考から切り離せたことがなかった。ずっとそれらがまとわりついて、現在を見ることができなかった。

最近、時々だけど、「現在」に立ち止まっていられる瞬間がある。

すべての物と人の輪郭がはっきりとして、澄んだようにすら思えて。何も考えず「今現在」のことだけしか見えず聞こえず考えられず。

これがきっと一般的な感覚なのだろうと、泣きそうになった。ずっとそのままでいたいと思ったけど、すぐに感覚はぼやけて思考に囚われていった。

辛い痛い酷いことはたくさんある。けれど、生きていれば楽しい嬉しいことだってある。「殺してくれ」と呟いた後で「死んでたまるか」と唸る。そんなことをずっとずっと繰り返している。

早くこんな独り言、やめたい。もっとのんきに「鶏皮おいしい」とかだけ言っていたい。最近は水切りヨーグルトにもはまっているけれど。

もうそろそろやめられるかと思えば、辛い痛い酷いことが起こる。悪化する。そういうのを繰り返して、私はどこまで生きていられるのだろうか。

できれば、死ぬまで生きたい。誰にも殺されずに。

叶うなら、もう少し心健やかに穏やかに。

けれど、何がどうあったとしても、私がどう動いたとしても、「辛い痛い酷いことをする人」とは同じにならない。なれない。一緒にしないで欲しい。例えば私が何か報復をしたとしても、絶対に私たちの魂が同じ場所に眠ることはない。しないけど。

それが、そういう人たちに伝わったら少しは心がラクになるのになと思う。

あと、こういう心の動きは「ひとつのパターン」だとみなされて、普通の人だとして扱ってもらえたら随分ラクになるのになぁと思う。常識ってなんだろう。普通ってなんだろう。辛い痛い酷いことをされたら普通じゃなくなるって、本当に酷い話だ。

アロマティカスとカランコエと美味しいと思える食事と

アロマティカスと、カランコエの株を買った。

昔は、土いじりなんて嫌いだった。家に花を飾ったり、草を育てたりする人の気が知れなかった。喋りもしなければ寄り添ってくれもしないし食えもしない、そんな植物に愛を注いで何になるのだと思っていた。花は造花が好きだった。鉢植えよりも切り花が好きだった。もし枯れたとしても、切り花だったら、枯れて当然で私に何の責任もないから。

今は、造花よりも切り花が、切り花よりも鉢植えの花が好きだ。鉢植えに咲いた花を切り花にして、飾るのが好きだ。植物の力を借りて、何かを成し遂げたような思いを味わえるから。何も成し遂げていなくても。

カランコエは、以前の家で、投げ売りになっていた赤い花を咲かせる株を買って育てたことがあった。

好きな花びらの形ではなかった。好きな色でもなかった。ただ、何か花を育ててみたいと思っている時に投げ売られていた。一年草は何だか寂しいので、多年草か宿根草が良かった。それだけの理由で、カランコエを育てた。

ベランダで、横長のプランターに適当に植えたカランコエは、毎年もの間、赤い花を咲かせた。渋みの全くない鮮やかな赤色。赤い花、というと、どことなくおどろおどろしいイメージがついて回るけれど、その花の色はそうした様相を一切持っておらず、「太陽の下で育ったのよ」と語るような素直な赤色だった。

冬になるとベランダに出て水を撒くのが辛くなって放っておいたことがあって、その時、カランコエは丸裸の低木になった。温かくなったら処分しなければならないなと思って見ていたのに、温かくなると、私が水を撒くよりも早く緑色の茎が生えて、たくさんのつぼみを付けた。

株が大きくなればなるほど花の数も増えて、花が咲くと、風に飛ばされて赤い花びらが辺りを舞った。それがとてもきれいで、カランコエが好きになった。花が開き切った頃に切り花にして、食卓に飾った。洒落た料理なんて出ない食卓だったけれど、とても豊かに感じられた。

アロマティカスも、以前の家で育てていた。「シソ科」のはずなのに、全くシソらしさのない、肉厚な小さな葉。茎もしっかりと肉が付いていて、それ故に押せば簡単に折れてしまう。柔軟性のない柔らかい茎と葉が、どっしりとした外見に反して繊細さを思わせた。

しかしながら、アロマティカスは他のシソ科植物と同様に、とにもかくにもしぶとく丈夫だった。うっかり折れてしまった茎や、不格好だからと切り取った茎を水に差しておいたら根が生えるし、大きくなったら株を根っこを適当に引き裂いて分けて植えると、1株が2株に増える。最初は、茎を折るなんて酷いこと、と思っていた。けれど、こうした生命力の強い草木にとって、折られて水に差されることの方が幸福であることもあるのだと知った。

ミントよりも甘く、甘い花よりも爽やかな香りで、私はその見た目よりもその香りの虜になった。今も、気が向いた時に鉢を手に取って鼻に当てて、それを楽しんでいる。

 今、アロマティカスとカランコエを買ったのは、育て方を知っているから、だった。植物はそれぞれ育て方があって、それを知らずに繊細な植物を買ってしまうと、みるみるうちに枯れてしまう。それが嫌で、私は生命力強く育て方を知っているこの2つを選んだ。

ふと、初めてこれらを手に取って、家に根付いた株を楽しんだ時期を思い出すと、ああ、と思ってしまう。

後悔はしていない。あの家に根付いた株を手放さなければ手に入らなかったものがたくさんあるから。

けれど、もしあの家に根付いた株を手放さなければ手に入っていたものがあるのだろうか、と、少しだけ思ってしまった。

こういうことを考える時は、大体お腹が空いている時か体が冷えている時で、温かいお味噌汁を飲んでいるうちに、何を考えていたか忘れてしまう。

今日は先日丸ごと買った白菜の固い部分ばかりを具にした。葉は、別の日に蕎麦に入れた。鶏皮を煮た汁をつゆに仕立てて葉野菜を入れて蕎麦にすると、とても美味しい。鶏皮には無限の可能性を感じる。そろそろ夜が冷えるようになってきたので、焼いたり揚げたりするよりも煮込む方が美味しいように思う。焦がしてしまう心配もないので、私には煮込み料理の方が合っているのかもしれない。

こうして独りで食を楽しむことなんて、随分と長い間、忘れていたなぁと思う。ここ半年程、ストレスで胃を潰して、とんと食べられていなかった。気の知れた人と一緒であれば何とか食べられたけれど、それ以外の独りの時、食事が喉を通らなかった。心底嫌な人との食事は、味を一切覚えていない。「美味しいですね」と嘘を吐いて、酒で流し込んでいた。

最近になってようやく、その人と食事をしなくていいどころか顔を合わせなくても良い環境になった。そのおかげで、少しずつ、まともに食事ができるようになってきた。顔色が良くなってきたと友人が喜んでくれた。色々あったけれど、これで良かったんだなぁと思った。

食事は、とても大事。何があっても、とりあえず食べることができて、美味しいと思えれば生きていける。

何を食べても美味しいと思えない時はすべてうまくやっていると思っていても何かを間違えている時だし、ただの米が泣くほど美味しく感じられる時は何もかもがうまくいっていないように見えても正解を選べている時だと思う。

今大事だと思っているものを守ることが正解ではない時もあって、生きていくのは、本当に難しいなぁと思う。それでも食べていれば生きていけるのだから、生きていくのなんて簡単なもんだなぁとも思う。正解なんてわからない、以前にもどこかに書いたけど、所詮私は私が幸せに生きるためのモルモットでしかない。

値段や他者評価ではなく、自分の舌で味わって美味しいと感じられる瞬間。その瞬間は、食事の質だけではなくて、その時の心とか、立場とか、色々なことが絡んできて。そういうのを全部ひっくるめて「美味しい」のだと思う。

私は最近、食事が美味しいと思う。心から。私ってこんなに料理上手だったっけ、と本気で思った。

私なんて、そういうしょうもないことが幸せで仕方ないしょうもない人間だ。けれど、そんなしょうもないことを一緒に楽しめる友人や仲間がいてくれて、私は本当に今幸せに過ごせている。

 

今日の仕事を終えて、特に何も考えずに日記をブログにしてみようと思ったら、気付いたらこんな時間になっていた。いつもはこういう日記を、もっと具体的な感じでノートにしたためている。ノートに書くと右手ばかりを酷使することになり、毎日やっているとまた右手が麻痺しそうになってきたので、たまにはパソコンでと思ってやってみたのだけれど、疲れが分散されていくらでも書いてしまうから困った。

明日はとても早起き。そろそろ寝ようと思います。おやすみなさい。

id:c_shiika 折れた茎を水に挿すと多分根っこが生えてくるし、土に根付いた根っこに水をあげ続けると多分なにかが生えてきます。 植物は、人間の「とりあえず食べていたら生きていける」を凌駕する、美しさをも感じる生命力を持っています。ぜひ試してみてください。