底辺ネットライターが思うこと

思うことをひたすら書くだけ

暑い

夏が来たということを突き付けるような暑さが続く毎日、元気でお過ごしでしょうか。

私はというと、あっという間に汗で体の至るところがかぶれています。痒いだけでも辛いのに、痛い。生まれついてこうした肌質なのですが、きっと、前世で余程悪いことをしたのではないかと思います。

大した災害にも遭わず、頻繁に事件に見舞われるといっても特に大きな怪我をすることもないくせに、何をのたまっているのかと思われるかもしれません。自分でも、そう思う時があります。こうしたことに見舞われる人よりまし、ああした体質の人よりもまし。そうしたまし探しに明け暮れた日々もありました。それは、「私はなんて不幸なんだ」と小説や詩を書き散らした思春期を過ぎ、社会人になってからでした。社会不適合者である私が社会に馴染むためには、そのようにして「まし」と「普通」に近いことを探して自らに当てはめて、社会に居てもおかしくない人間だと思い込む必要があったのです。普通に近付いたのか、麻痺したのか、私はあっという間に社会人っぽくなりましたが、様々な事件に見舞われて社会不適合者に戻りました。結局、私はどうすれば良かったのでしょうか。そう思う時があります。今となっては、あれで良かったのだと思います。そうでなければ今、平成の世の終わりを前にして、文章を書き散らすことはなかったでしょう。私は不幸だと世を恨んでいたに違いありません。あの時どれだけ何があってもその選択をしたことで、私は今、思うままに書き綴ることができています。そうして今、社会人として社会に身を置くことができています。社会に椅子があるということは、何と嬉しいことだと、日々感じずにはいられません。

さて、今日、本屋に立ち寄りました。それなりに大きな本屋で、入り口付近には、流行りの本を置くコーナーがあります。そこは立ち読みができるようになっています。今日立ち寄って、女性の自己啓発本が増えたと感じました。決して揶揄している訳ではなく、そう感じたのです。メイクの本も、ベーシックなやり方を記した本だけでなく、「このようになりたいのならこうしましょう」という本をよく見かけるようになりました。「このように」というのは、見た目だけのことではなく、「このように生きたいのであれば」という意味合いが含まれています。だから私は、これらのメイクハウツー本も、自己啓発の類に含まれるのではないかと思うのです。ひと昔前であれば、自己啓発本を読んでいると小馬鹿にされることがありました。ここまでカジュアルにポピュラーになれば、そうしたこともなくなるのではないでしょうか。とはいえ、私はこうした本を人前で堂々と読む度胸は、まだありません。自尊心を保つため、常々人を小馬鹿にしたいと願っている輩がいますから、そうした輩に目を付けられないためにも、私はまだブックカバーを取ることができません。

さて、そういう輩の話がしたいのではないのです。今日立ち寄った本屋で、そうした女性向け自己啓発の類の本を手に取り、目次を開きました。その話がしたいのです。私は自己啓発やビジネス書は、目次を熟読することから始めるようにしています。本全体が見渡せること、私の疑問への答えが書かれているかを手っ取り早く探すためです。目次で興味が持てなければ、その本はそれで閉じます。興味の持てる項目があれば、その頁を開きます。そこで、感銘を受けるか否かで、買うかどうかを決めます。

手に取った本には「隙の作り方」というような項目がありました。私はすぐに、その頁を開きました。

隙を作りたいのではありません。隙をなくしたいのです。何故かと言うと、私が頻繁に被害に遭う理由を「隙」のせいにして、私を責め立てる人がとても多いからです。「では隙をなくすから、何が悪いのか教えてほしい」と聞くと、大体の人は「服」について言及します。「あなたの着ている服が悪い」と。そう言われ、私はずっと「被害に遭わない服」「普通の人になれる服」を探し続けました。けれど、そんなものはこの世に存在していませんでした。何を着ていようと、手を出す輩は手を出すのです。何を意図したのかわからないようなプリントTシャツも「萌え」になるし、女性教師を思わせるようなきちんとした格好をしても「エロい」となるのです。男のような恰好をすればと思われるかもしれません。私にもそう考えていた時期がありました。けれど他の女性に、それは最も駄目だと言われました。「手を出しても許される空気が醸し出される服装」なのだそうです。世の中には多種多様な嗜好があるのです。四面楚歌です。

私は疲れました。何故、好きでもない服にこんなにお金をつぎ込まなければならないのだろう。そもそも、よくよく思い出してみれば、同じ職場にいて、同じような格好をしていても何もない女性もいました。結局、服ではなく、「私」なのです。「私」の何かが何かを呼んでいるのです。

私は疲れました。大っぴらに嘆くことが許されない程度の不幸を定期的に受け続け、私は疲れました。人は、目隠しをされて、顔に水滴を落とされ続けると発狂すると言います。私はそれに近い人生を、送ってきているのだと思います。だからこそとっくに発狂していて、どれが自分の本当の思いなのかもわからなくなっているのです。

疲れた私は、開き直りました。好きな服を着るようになりました。けれど、周りの反応は変わりません。手を出す輩は手を出すし、出さない人は出さない。結局、多くの人が原因だと考える「服」なんてものは、何の問題でもなかったのです。なんという無駄な投資だったのか、とも思いますが、私はこれから、女性に向かって「お前の服装が悪いから手を出されるのだ」と言う人に対して、「手を出す奴が悪い」と胸を張って言うことができる分、投資の価値があったのではないかとも思います。そう、罪は加害の中にしかなく、被害の中には在り得ないのです。被害の中にあるのは、責められるような罪ではなく、これからその人自身が生きていくための教訓に近いものしかありません。

私にも、被害の罪を詫びいっていた時期がありました。あれほどに辛いことはありません。被害の傷に耐えながら、その傷に塩を塗りこむような。塩をすり込んで清めなければならないほど、汚れたもののように思えるのです。今でも、被害に遭うと、被害の罪を詫び、償おうとしてしまう癖があります。私はそれを克服しなければいけません。どれだけその癖が反発しても、普通の人になりたいのであれば、私はそれは悪い癖だと自らに教え続けなければいけません。それを知ることができただけ、幾分か成長したように思います。

さて、被害についての話がしたいのではありません。「隙」について話がしたいのです。

その本には、「隙とは人間味だ」と書かれていました。私は意表を突かれました。

「人前で思いっきり笑うような、気取らない人間味こそ「隙」だ」

私は、とても納得しました。ようやく「隙とは何か」の最適解を得た気がしました。

同時に絶望もしました。私が「隙」を削ぎ落すには、こうした人間味を削ぎ落すということです。人間味を削ぎ落とすということは、人間関係を変えてしまうということです。

私はよく笑います。人が好きだからです。気取る余裕なんてありません。人間味たっぷりに笑います。それが私の落ち度だというのであれば、私は、人を好きであることをやめなければいけません。削ぎ落した先に被害のない人生が待っているという確約のないまま、私はそれをすることはできません。もし確約されたとしても、私はそれをすることはできません。私は、人がとても好きです。どうして、好きなものを捨てなければならないのでしょうか。

これは、本の批判ではありません。被害の原因を「隙」なんていうもののせいにする人の批判です。「隙」というものが人間味なのであれば、それは、絶対に責められるべきものではないでしょう。

そもそも、「隙」があろうがなかろうが、やっちゃいけないことはやっちゃいけません。全裸の女の人が目の前にいても「カモン」と言われるまで手を出しちゃいけません。服を着てくれとお願いするか、さっさとその場を去るか、説教するか。この三択しかありません。据え膳だと思い込んでかぶりつくことは許されないのです。そもそもそうした関係性のない中で全裸の女性が目の前にいたらそれは全裸の女性に罪があるので通報したら逮捕してもらえるでしょう。第四の選択肢です。もしそうした選択ができずに加害に及んでしまうのであれば、それは加害者と化したその人の責任であり、全裸の女性に責任はないのです。

このことは、実は小学校で教わります。幼稚園かもしれません。居心地の悪さや自己防衛や保身のためにそんな当たり前のことを忘れて被害を責め立て加害を守る人のために、人間味を削ぎ落すなんて愚かなことはできません。私はこれからも、今までのような理不尽に耐えていかなければいけません。それも一つの人生だと割り切り始めました。私は私のままでしか生きられないのだから、その被害の数も私だと思い、反撃手段を蓄えていくしかないのでしょう。

「減るもんでないしいいだろう」論もよく耳にします。こうのたまえる輩は、目で見えるものしか見ていないのだろうと思います。

怪我もなく、金銭的な損失もない場合でも、減ります。「被害を知らない世界」を失うのです。「安心して暮らせる世界」を失うのです。電車の中で体を触られただけで、もうその人は、「電車の中では痴漢に遭うかもしれない」と常々周りを警戒するようになります。心がすり減ります。私にも、電車に乗る度に体が震える時期がありました。今でも満員電車では過呼吸になることがあります。私は「安心して乗れる電車」を痴漢たちのせいで失いました。

「被害」とされているものには、そうされる理由があることを忘れてはいけません。

今回のブログはただの日記なのですが、恐らく、一般的な思案事ではないのだろうと思います。最近になってようやく、自分の思考の癖のどこが一般的ではないのか、少しずつわかるようになってきました。「私って人とは違うから」と偉ぶりたい訳ではなく、冷静に人との差異を見つめられるようになってきましたということです。何かにつけて事件だ法律だ人生だと考えあぐねるこの思考は、あまり一般的ではないのでしょう。けれど私は、その答えを見つけなければ、心の置き所がなく、ずっと不安で仕方がありません。だから、四六時中探し続けているのです。

恐らく、この疑問には答えがありません。私がこの先、心の底から安心できる世界など存在していないのでしょう。わかっていながら探すなんて、愚かで滑稽でしょう。それもまた一つ、私の人間味なのではないかと思います。

やる気スイッチ

やる気なんてものは存在しないらしい。

r25.jp

 

やる気」という言葉は、「やる気」のない人間によって創作された虚構なんですよ。 

人間は言葉が発達したことで、行動の結果にしかすぎないものに対して「やる気」なんて言葉をつくってしまった。それに翻弄されているだけなんです。 

「僕には才能がないからできません」と言い訳をして何もしない、という理屈と同じようなものかと思った。才能がないからできないのではなく、何もやらないから才能がないのだと私は思う。「文章が書けるって才能ですね」と言われるけれど、ずっと書いてきたから書けるだけで、これが天からの授かりものかと聞かれたらよくわからない。生まれてすぐに七歩歩いて「天上天下唯我独尊」と言ったというような逸話があれば天からの授かりものだと自信を持って言えるのだけれど。

唯我独尊 - Wikipedia

「体が小さい方が短距離走に向いている」というような素質は間違いなく生まれついてのものなのだろうけれど、体が小さい人が必ず短距離走者になるとは限らない。素質を活かして道を選択し、努力をするから「才能」として芽を出すのだと思う。私はねちっこくしつこく考えたことを言葉にしようと足掻いたからこそ今がある訳で、才能というものが本当にあるのであれば、こうした執念のようなものの方が才能に近いのではないだろうか。一時期流行って一瞬で消えた十三星座占いでは蛇使い座である私は、執念深く生きるという星のもとに生まれたのだろうと思う。最近は、月星座というものも流行っているようで、雑誌やWEBサイトでもよく目にするようになった

お金の「引き寄せ力」を知りたいあなたへ Keiko的Lunalogy

お金の「引き寄せ力」を知りたいあなたへ Keiko的Lunalogy

 

 知人にこれを薦められて読んだ。私は蠍座らしい。占いや引き寄せとか言うと「そんなエビデンスがないものを信じるなんて」と言われることがある。けれど天動説か地動説かと騒がれていた時代は、現代では常識である地動説ですらオカルトだったのではないだろうか。そう思えば、今オカルトとされているものも100年後には何かしらエビデンスが取れているかもしれない。潮の満ち引きが月の引力に影響されているのであれば、人間も、何かしら影響を受けていてもおかしくないと私は思う。

海の自然のなるほど 「潮の満ち引き」

それに、そうした確証のない意味のないことを生活に取り入れることで前向きに考えて人生を選択していけるのであれば、「エビデンスのないものは意味がない」として生きてネガティブな選択をしてしまう状態よりも余程良い状態なのではないだろうか。意味がないことを徹底的に退けることに、私は、あまり意味を感じない。エビデンスがあろうがなかろうが、自分自身がそれでより良くなればいいのだと思う。というより、そう揶揄する人は、本当はエビデンスがあろうがなかろうが実はどっちでも良くて、ただ目の前の私を言い負かしてやりたいのだろうと思うこともままある。今流行りのマウンティングというやつだ。先日「女子会」と呼ばれるただの飲み会で話題になったのだけれど、達観している風を装い「はい、それマウンティング~」と言ってさりげなくマウンティングしてくる「達観マウンティング」の事案が相次いでいるらしい。バラエティ番組で「今話題のセクハラですが」とトレンド扱いされるまでに話題のセクハラが問題になる中で「すぐセクハラって言う」という問題も浮上している。これも被害者多数だ。自衛も大事だとは思うのだけれど、相手を思いやる気持ちも大事だと思う。今の時代に必要なのは、人と人の対話だと思う。

やる気を出すためには脳のスイッチを入れる必要がある

最終的にやる気のようなものは脳内物質的なものだけれど、それを出すためには脳のスイッチを入れる必要があるらしい。1つのことに集中すれば脳のスイッチが入って目の前のことに真剣に取り組めるらしい。

その情報を参考に、思うままに思うことを書いてみたら、妙に頭がすっきりしてやる気が出た気がしなくもない。今、私の脳内で、私がやる気だと思い込んでいる脳内物質が出ているのだろう。虚構のやる気の正体。今度時間がある時に何と呼ばれるものなのかを調べてみようと思う。もし何という脳内物質なのかがわかれば、今一部で話題になっているバイオハックとやらで、それに該当する脳内物質が出せる方法があるのではないのだろうかと考える。

私がバイオハックという言葉に出会ったのはシリコンバレー式頭が良くなる全技術という本。これに従って冷水シャワーを浴びたら家の中で遭難したようになり死にかけた。何事も程々にするということを念頭において生活しなければそろそろ私は死ぬ。

HEAD STRONG シリコンバレー式頭がよくなる全技術

HEAD STRONG シリコンバレー式頭がよくなる全技術

 

そろそろノートパソコンの電池がなくなりそうだ。ドヤWindowsを中断して帰宅しようと思う。やる気が出たので、きっと、仕事が捗って仕方ないはずだ。

This is me

「ビジネスのためにブログを始めました」

「ライティングのこと教えてください」

という人が周りに増えた。

「毎日更新しているんです」と、聞くと、私ももう少し日々のことを更新しようかなという気になった。

ということで、どうでも良い日常的な思うことを書いてみようかと思う。

 

最近、カフェインを抜くようにしている。先日ちらりと書いたように、右手が麻痺したことがきっかけ。

なぜ右手が麻痺してカフェインを抜くのか。

単純に血行を良くすることが目的。

私は全身の筋肉ががちがちに固まっているらしい。その中でも特に右手が酷いらしく、神経を圧迫して麻痺してしまったそう。実は今もまだ右手の薬指と小指がまともに動かず、右手は3本の指でタイピングしている。

整骨院の先生が私の右腕の筋肉を触り「うわっ」と言った。

友人が私の右腕の筋肉を触り、「骨?」と聞いてきた。

それぐらい、固い。名誉の負傷だと私は言い張る。時折蹲るぐらい痛むので、その時はそれどころではない。

今年に入ってからは、去年に増して書いている。特に2月と3月は小説を仕上げるために、昼も夜もなく書いた。

家にいる日は、夜中に書き終えて、早朝に書き始める。

朝起きてそのままパソコンの前に座り、書き、体力がなくなってきたら食べ物を胃の中に詰め込み、パソコンの前に座り、書き、考え事をしている時間に入浴し、上がったらパソコンの前に座り、書き、ひと段落ついた時に倒れるように眠った。

外に出る日は、ノートとiPad、もしくはノートパソコンを必ず持ち歩き、5分でも時間があれば書く。考える。

iPadだと書きにくいので、できるだけパソコンを持ち歩いた。

「重そう」「それ、要る?」と結構聞かれたけれど、要る。書きやすい状況を作れば作るほど、思考がクリアになる。と、私は思っている。書きにくい状況を排除するためだったら、どんな努力も惜しまなくて良かった。

特に3月はそんな生活だった。仕事量を極限まで減らして時間を作って書いた。

夢中だった。気が違ったみたいに楽しかった。多分、気が違ってた。ランナーズ・ハイに近い状態だったと思う。

「ここまで必死になって書いて、この小説が何の意味を成さなかったらどうしよう」と思い、バッドトリップしたこともあった。意味を成さなくても意味はある、と、冷静になった今となっては思えるのだけれど。

あんなにも取り戻したいと願ったこの溺れるように泳ぐような感覚を取り戻したのだから、それだけでいいのだと思う。

小説を何度も何度も書き直して、文章ととても長い時間向き合った。理解が深まった。今、文章を書くことが、以前よりも楽しい。

そしてこの感覚を取り戻せたのだから、二度と失わないように努力できる。私は今、とても強いと思う。

なんてことをしていたら、右手が麻痺した。右手よりも頭の方がおかしいんじゃないのと思われるかもしれないけれど、それはカフェインを抜いたぐらいではどうしようもないのでもうどうでもいい。This is meだ。グレイテストショーマン面白かったです。This is meのくだりで泣きました。それ以降の流れは少し納得がいかなかったけれど。

とにもかくにも、右手を回復させるために必死のここ最近。

普通の会社員だったらこんなことはなかった。そういう生活がそもそもできなかった。今の生活で本当に良かったと、今の生活を構成してくださっている方々への感謝は尽きない。それまで見守ってくれていた、元夫にも。

カフェインをやめて、温泉水を飲んでいる。血液を循環させるために、やたら体を揉んでいる。友人と会話をしながらもずっと揉んでたら「たまには休んで」と言われた。多分、この休まない癖も血行不良に影響していると思う。

どんな理由があるにせよ私は落伍者だから、人の倍努力してようやっと人並みで、人として扱われるにはそれ以上の努力をしないといけない。常々そう思っているから、血行も悪くなるのだろうと思う。この思考を中断することができればいいのけれど、頭がおかしいのは、もう、どうしようもない。

この社会を巡り続ける人的な理不尽とそれを循環させるストレス

今、右手の一部が麻痺していてうまく動かない。

文章仕事の休憩に趣味の文章を書く、ということをしていたら、指の神経がやられた。文章を愛し過ぎたゆえの損傷に、私は心から喜んだ。そうそう努力が認められない世の中で、物質が私の努力を認めたのだから、これはとても素晴らしいことなのだと。毎週2、3回の通院を余儀なくされたとしても。愛は痛いものだと聞いたことがあるから、もしかすると、私は文章から愛を返してもらっているのかもしれない。

 

だなんて空想を繰り広げて喜んでいる最中、事件は起こった。

 

「普通に生きていたらそんな大層な事件にそうそう遭わない」と言われるけれど、面倒なので「ですよね~」と返事するけれど、私はなぜかトラブルが向こうからやってくる。

「そんなこと言って、何かしらトラブルに見舞われる原因があるんだって」と言われるけれど、「ですよね~」と返事するけれど、本当に一方的に向こうからトラブルがやってくることが、多々ある。「そういう星のもとに生まれた」としか説明がつかないことが、世の中にはある。

 

例えばその昔、仕事で終電になった日。電車から知らない男に尾行されたことがある。

あからさまに尾行されていた。ひと気のない道に入ったら危ないと思い、帰り路の途中にある女子トイレに逃げ込んだ。

周りの施設はとうに閉店している時間。電話で家族を呼んだけれど、助けに来るまで時間がある。それまでトイレの個室に閉じこもろうとそこで待機していた。

 

ドアがノックされた。警備員だった。「助かった」と思った。

「今、変な人に追い掛けられていて」と言うと、

「は? 誰もいないけど。あんたは頭おかしいのか? このトイレはもう鍵を閉めるから出て行ってくれ」と言われた。

「本当についさっきここに入って、本当にいたんです。近くにいるかもしれないので、すぐに家族が迎えに来るので、五分だけ待ってください」そう言うと、

「じゃあ、あんたが入ったまま鍵を掛けてやるよ。これで安心だろう」

と言って、警備員は笑った。背筋が凍った。

 

押し問答をしている間に母が迎えに来てくれたので、私は事なきを得た。

 

この事態を、どうしていれば避けられるのか。何1つとして能動的に事件を起こそうとはしていないのに、知らない男に追い掛けられ、早く帰りたい警備員に責められる。もうとっとと死ねとでも言われている気分だった。

「おかしな人に会う前におかしな人だと思われるために奇声を上げながら帰れ」

と、本気なのか冗談なのか馬鹿にしているのかわからないけれど、提案されたことがある。実行したことが一度だけあるけれど、一度だけで心が折れた。お風呂のお湯が優しく思える程に落ち込んだ。若気の至りだ。

 

こんな事件に見舞われ、あんな事件に見舞われ、最近ではこのような事件に見舞われた。

 

その夜、私は電車をひと駅乗り過ごしてしまい、タクシーに乗ることにした。

閑散とした駅前のタクシー乗り場。一番前に停まっているタクシーに乗り込み、目的地を告げ、疲れに身を委ね、目を閉じて時間を過ごした。

そう遠くなかったのですぐに到着し、眠っていた訳ではないのですぐに起き、財布を取り出した。

 

1320円の支払い。

まずは千円札を出した。運転席と助手席の間にあるコイントレーに、置いた。

次に小銭入れを探り、五百円玉を取り出した。コイントレーと手の距離が3センチあるかないかのところで手を放し、小銭を置いた。少しだけコイントレーの上で小銭が転がった。とは言っても、飛び跳ねた訳でもなく、転がり回った訳でもなく、ころり、ぱたん、といった様子だった。特段、珍しい光景ではなかったと思う。

 

それを見た運転手がおつりを渡しながら私を睨み、

「お金を投げないでください」と言った。

 

運転手の言うことを、私はすぐには理解できなかった。

「投げてませんけど」普通に思ったことを答えた。

 

「投げた」「ふざけるな」と激昂する運転手に

「投げていません」「コイントレーの上に置いただけです」と言い返した。

 

言い返してくるとは思っていなかったのだろうか。

運転手は「とっとと降りろ、警察を呼ぶぞ」と言い出した。

 

「呼べばいいじゃないですか」と、私は答えた。

売り言葉に買い言葉というよりも、この時はまだ、もし私に非があるのであれば私が警察に怒られた方が良いと思った。

そこまで悪いことをしているのに自覚がないのであれば、全面的に私が悪い。そこまで怒るのであれば、可能性はあるのかもしれない。そう思った。(冷静に考えたら、そんな訳がない)

 

運転手は「わかった」と言って、タクシーの扉を閉めて走り出した。

「近場の交番まで直接行ってやる」とのことだった。

 

夜中、他の車がほとんど走っていない道路、パニックになっている私、恐らくパニックになっているであろう運転手を乗せて走るメーターの切られたタクシー。

本当に交番の前まで行くだなんて保証もない。無事で帰れるという保証も。

「とうとうニュースデビューか」と思いつつ、停まった地点で彼がどう出るかでどうするかを考えようと思い、スマートフォンを握り締めた。

スマートフォンの上部を人差し指と中指で支え、他3本の指で左右を包む。この状態でスマートフォンの下部を人の顎に思い切り当てることで、一瞬、相手を怯ませることができる。波乱万丈な人生の中で得た護身術の1つだ。油断している相手にしか使えない。失敗したら二度目はない。この技は慎重に繰り出さなければならない。そんなことを考えていると、少しだけ息が弾んだ。

 

心配は肩透かしで、タクシーは本当に交番の前で止まった。 

「荷物を持って先に降りろ、俺が先に降りたらお前が金を持って逃げるかもしれんからな」と運転手が言った。

降りた瞬間逃げるつもりなのは、切られないエンジンが物語っている。 

この人、適当に喧嘩を売って後悔している、と、その時気付いた。

投げてもいない金を投げたと言われ、望みもしない交番の前まで連れて来られて、荷物を持って降りろと言われている。

こんな理不尽、許してなるものか。

駆逐してやる。そう思い、「そっちが逃げる気満々でしょう」と、その場で警察に電話をした。警察には昔からお世話になっているから、呼ぶということに抵抗は一切なかった。

 

警察官が来た。私は保護(?)された。私は怒りとパニックで泣きながら、事情を話した。

5分も経たないうちに、運転手の話を聞いていた警察官がやってきて

「運転手さんが謝るって言っています。連れてきていいですか」

と聞かれたので「いいですよ」と答えた。本当に謝ってくれるのだと、その時はまだ信じていた。

 

運転手は、ふんぞり返り、「どーもすみませんでした~」と適当に謝ってから、踵を返した。

タクシーに乗って、逃げて行った。

 理不尽だ。

何で私は、夜中、正規のタクシー料金を支払って、よくわからない喧嘩を売られ、目的地ではないところで降ろされ、置いて行かれなければならないのだろうか。

めちゃくちゃ悔しくてその場で泣き崩れた。

 

「立場上、あんまり言ったらダメなんだけど、あれはあの兄さんが悪いな」

と、警察官がパトカーで家まで送ってくれた。パトカーに乗るのはどれぐらいぶりだろう、と思ったけれど、よくよく考えてみたら初めてだった。(よくよく考えてみたら去年か一昨年に乗った。保護(?)された時。語る程でもない被害届を出さない程度の事件にはたまに遭う。そういう星のもと)乗ったことあるのは現場検証に行く時のための刑事カーだった。

どちらにも共通していたことは、警察官も刑事も私のことを必死で慰めてくれたということ。

 

逃げる直前、タクシー会社の名前を記憶したが、車のナンバーを記憶できなかった。運転手の名前を確認しようとしたら名前の書いてあるプレートを隠されたのでちらりとしか見えなかった。

「これであいつはお咎めなしとか本当に無理」と号泣しながらこぼすと、

「タクシー会社は、その時間に運転手がどこにいるか把握しているから、会社にかけてごらん」

と警察官がアドバイスをしてくれた。

帰ってすぐ、タクシー会社に電話をかけた。電話に出た人は、その人の上司のようで、話をしたところ、

「あの、頭つるつるで髭の奴ですか」

すぐにそう答えた。本当にこう答えた。

恐らく、他にも問題を起こしていたのだろう。そいつはすぐに捕まり、「必要とあらば今すぐにでも謝罪に」とおっしゃっていただいた。

 

翌日、やたらでっかい和菓子の箱を持って謝りに来た。和菓子はいらないから運賃を返せと思ったけれど、そういうのが目的と思われたくないのでやめた。

その夜のことを最初から最後まで反芻して言葉にしていただき、足りないところを私が付け加え、すべてを思い出していただいた上で「申し訳ございませんでした」と謝っていただき、帰っていただいた。このぐらいはしてもいいと思った。悪人だろうか。

 

和菓子は、少しだけ食べた。けれど、食べる度に怒りが蘇るので、友人宅に持ち込み、酒のあてにした。

こういう話をすると「でもあなたも悪いところがあったんじゃないの?」と言われることがあるので、あまり大っぴらには話をしない。事件そのものよりもこういうセカンドレイプ的被害の方がメンタルにくることを私は知っている。

その友人は「私もなぜかわからないけど異物混入食品によく当たるから、同じようなものね! 原因なんてないない、星のもと!」と和菓子を食べながら言ってくれた。すごく好き、と思った。

 

直後は、腹立たしくて仕方がない、だけだったけれど、冷静になった今、考えてみると。

 

ただ「小銭が転がっただけ」で「警察」と言った彼は、相当にストレスがたまっていたのではないだろうか。

それが仕事のせいなのかプライベートのせいなのか、何なのかわからない。ただよっぽど日々の生活では吐き出し切れない何かを抱えていたのだろうなと。

私は弱そうな見た目をしているので、勝てると思われたのだろうなと思う。

幸せそうな顔をしているので、少しぐらい八つ当たりしてもいいだろうなと思われたのかもしれないとも。

 

いい訳ないだろう!

私だって、日々全くストレスがない訳じゃない。辛いことだって酷いことだって、ある。

けれど、それをむやみやたらに表に出すことは誰かにそれを分け与えるということだから、極力しないようにしている。そうしているうちに顔に笑顔が張り付いた。だから私はいつでも「幸せそうな顔をしている人」らしい。

だからなのか、よく八つ当たりされる。少しぐらい、悪く言っても、雑に扱っても、いいんだと思われやすいのだと思う。

そういう扱いに慣れてしまったので、多少のことでは怒らない。拒みもしない。むしろ、受け入れる。笑う。その方がその人と仲良くなれるから。仲良くなれば、もうその人は私を傷付けないから。まぁ、八つ当たりするだけしてすっきりして、どこかへ行ってしまう人もいるけれど。それも、慣れた。

 

独りで歩いていると、未だにフラッシュバックでうまく歩けなくなることがある。

そうなる度に、過去や他人に対する恐怖と、私が「そういう狂人」だという現実を突きつけられて、苦しい。立ち止まり、肺に息を送り、耳を塞いで、「早く殺してくれ」と願う。物凄いストレスだ。

けれど、そういう発作があるという話どころか、病気であることすらリアルでは滅多に打ち明けない。こうした症状で今も苦しんでいるという話は、誰にもしたことがない。せいぜい、眠りが浅い程度の話だけ。

話をしたところで、何の意味もない。私はPTSDだし、過去は変えられないし、記憶は消せないし、治す薬はない。ただ可哀相な人だと思われるだけなら、歯を食い縛って堪えた方がましだ。物凄いストレスだ。

 先日、歯医者で「この年齢でこんなに歯がすり減っているなんて」と驚かれた。身を削って(正確には骨だけど)ストレスに耐えている。自分の中で処理している。社会の中で生きていくために。

 

理不尽に与えられたストレスだからと言って、理不尽に他人になすりつけてもいいと思う人がとても多いように思う。私がそういう目に遭ったのだから、他の人が同じ目に遭ってもおかしくないと。

そういう意識が、ずっと、悪いものを社会の中で循環させている、と思う。

理不尽なストレスが生み出される一方で排出されずにいるから少しずつ溜まり、空気は淀み、その中で生きる人も。

 

私はもう悪いものの餌食になりたくない。だから、そうしたものが社会から取り除ければと願うのだけれど、私にできることはとても少ない。こうして出会った人に、こうした思いを伝えられるシーンに出会った時に、伝えるしかない。

なので、運転手には目いっぱい、説教させていただいた。響いてないとは思うけれど、「売った喧嘩が購入されてしまうことがある」という強烈な経験は、彼の人生のこれからの何かを変えるのではないだろうかと少しだけ期待をしている。

 

理不尽はどう足掻いても自然発生する。だからこそ人的な理不尽が少しでも減れば、と、今日も願う。

飴が砕けて飴つぶて

先日、友人宅に泊まらせてもらった。

とても仲の良い友人で、ぐだぐだと話したり、DVDを観たり、漫画を読んだりなど、とても有意義に過ごさせていただいた。あまりにも楽しくて二連泊してしまったほど。

「この漫画の主人公があなたに似ている」と言われた。「頭が良い!合理的!」と補足してくれたけれど、私は傍から見てこんなにも冷徹な仕事人間なのだろうか、という思いの方が強かった。

魔王の秘書(1) (アース・スターコミックス)

魔王の秘書(1) (アース・スターコミックス)

 

 ちなみに私は眼鏡をかけていない。裸眼。

 

それはさておき、その友人が私の隣でスマホゲームを始めた。

ゲームをする印象のない友人だったのでとても興味があって、何のゲームかを尋ねたら「キャンディークラッシュ」だと教えてくれた。

私は颯爽とiPadを取り出した。

まだキャンディークラッシュが公開されて間もない頃、必死になってプレイした時期があった。ここ何年か全くプレイしていなかったが、進めたデータを消すのは忍びなく、iPadにアプリを残していた。

アプリを起動して友人に見せ、「凄い進んでる!!」という期待通りのリアクションに満足してから、久しぶりにプレイしてみた。なかなかクリアできなくて諦めていたステージ。そう簡単にはクリアできないだろうと思っていたのだけれど、何と一度でクリアできた。驚いた。プレイ人口が増えてレベルが甘くなったのだろうかと邪推するほどだった。

クリアしてしまったせいで楽しくなってしまい、少しの間、二人とも無言でキャンディークラッシュをプレイした。何がクリアできなくて投げ出したのかわからなくなるほど、すいすいとクリアできた。

それから家に帰ってもしている。今日も二時間ぐらいはプレイした。

目が痛くなって、夜、電気も点けずにベッドの中でプレイしながら夫の帰りを待っていたことを思い出した。

 

 

キャンディークラッシュを始めた頃、私は主婦だった。

暗がりの中でiPadの光に照らされる私の姿を帰宅した夫が見つけて、とても驚いていたことを覚えている。その後、「夢中になれることが見つかって良かった」と喜んでくれたことも。

あまりにもハマりすぎて、昼夜問わず、と言っていいぐらい、平日も休日も夫の隣でずっと遊んでいた。夫は嫌な顔せず、優しく寛容に見守ってくれた。一緒に遊んでくれた。

音声をONにしていると、連鎖だか何だかをした時に、上品な紳士らしい声で「Sweets!」という賛美の言葉を投げかけて貰える。パズルゲームの効果音らしくないなぁと思いながら、何となく付けたままにしていたのだけれど、夫がそれを気に入り、喜々として声真似を始めた。

音が流れる度にそれを繰り返すから、パズルどころじゃなくて、とても楽しかった。

 

こうした話をしているのは、感傷に浸って「あの頃に戻りたい」とか言いたい訳ではない。

私は、夫と離れて以来、寂しさらしい寂しさを感じたことがない。

「離婚して独りだったら寂しいでしょう」とかよく言われるけれど、笑い飛ばせるぐらいは寂しくない。 

正直、不思議だった。私は元々とても寂しがりで怖がりで、だからこそ強そうに振る舞って。毎日、夫が隣にいなかったら眠れなかった。一分でも早く帰って来て欲しかった。

今は、独りでだって眠れる。独りの時間を楽しめる。

本を読んだり、文章を書いたり、出掛けたり。何をしていてもずっと心がしっかりとしていて揺るがない。(ストレスフルでハイになったり落ち込んだりはするけれど)

つい、今日まで、それは「文章を自由に書けているからだ」と思っていた。私は書かないと死んでしまう類の人間だから、書いてさえいれば寂しくないのかと。

「私はなんて薄情な人間なんだろうなぁ」と自らにがっかりしていたぐらいだった。

 

声真似に引きずり出された思い出を胸にキャンディークラッシュをしていたら、ふと、何の前触れもなく、私が寂しくないのは夫が私を「人」として愛してくれていたからだと気付いた。

夫との生活を思い返してみると、病める時も健やかなる時も、私は大事にされていた。そのおかげで「人」としての確固たる自信がある。誰に何を言われても何をされても、「でも、私は大丈夫」と動じないでいられるほど。

寂しい、と思う時は人それぞれだと思うけれど、「誰かに認められたい」「愛されたい」という要素が大きいと私は思っている。

私は夫と過ごしたおかげで、常に「認められている」し、「愛されている」と思えるから、だから寂しくないのだと気付いた。

ふとそう気付いて、とても納得して、思えば思うほど深く頷いてしまって、笑って、気付いたら泣いていた。そのぐらい、強烈な気付きだった。砕けた飴のつぶてを喰らっているのかと錯覚するほど、心に甘い痛みが幾度となく走った。

「今から泣くぞ」と思って泣くとすぐに泣き止むことができるけど、「気付いたら泣いていた」という時は、自分でも驚くほど涙が止まらない。多分、一時間ぐらい泣いていたと思う。涙がこぼれて胸が空いたはずなのだけれど、満ち足りた気分だ。

結婚しても寂しさに喘ぐ人がいる中で、独りでも立っていられるほどの愛情をいただけた。

好きなことができないと嘆く人がいる中で、こんなにも自由に筆を走らせることができている。

私は本当に、幸福だと思う。

これまで生きてきてずっと不幸だと思っていた私にここまで思わせてくれたのだから、やっぱりあの人は素晴らしい人だと思う。

二度と会うことはないだろうけれど、私以上に幸福でいてくれたらと願ってやまない。

複雑性PTSDとドーパミン

私はPTSDだ。恐らく、複雑性の方。

複合的な心的外傷後ストレス障害 (C-PTSD) は、暴行、性的虐待家庭内暴力拷問及び戦争のような長期の対人関係の外傷に起因する臨床上で認識された病気である。 

複雑性PTSD - Wikipedia

恐らく、というのは、きちんと診断されたことがないから。

該当する体験があり、症状がある。けれど、診断というものを受けなければ断定してはならないらしい。だから私は「恐らく」だ。

裁判をする際に病院から出してもらった診断書には「PTSDだと判断できる材料がある」程度のことを書いていただいた。当時は、PTSDだと診断することも大変だったから。もう十年ぐらい前かと思うと、不思議な気持ちになる。

診断されてもされなくても、私はどちらでもいい。複雑性PTSDという概念が存在していて、私がそれに当てはまり、本やネットでそれの対処や研究などを見ることができれば、それで。他者に認められることはどうでも良くて、私が私の状態を認識するための手段として、こうした情報を活用したい。

「それ」だと定義されるための情報を読めば読むほど、ああ私だ、と思う。それは私が特別なのだと思う訳ではなくて、こうして何かしら定義されるほど、私はありふれたものなのだと思える。それが嬉しい。私は「人」なのだと。

複雑性PTSDのことを調べている最中にこんな言葉にも出会った。

アダルトサヴァイヴァーもしくはアダルトサバイバー(Adult Survivor)とは、幼少期に機能不全家庭で育ったり、成長の過程で心的外傷を負わされたことにより、何とか生き延びて思春期・成人期に達してはいるものの、人間成長のどこかの段階を喪失したために、その好ましくない影響を心身に色濃く残している人々をいう。

アダルトサヴァイヴァー - Wikipedia

そうか、私はこういう立ち位置なのかと思えば腑に落ちる。私はそもそも性質が違う生き物なのだと思えば、私は社会の中で自分の身の置き所を「人」とは違うところに置くことができる。

「人」であるために、「人」とは違うところに自らを置く。今の私の処世術をまとめると、そういうことなのだと思う。

話は複雑性PTSDに戻る。

心療内科に行けば、薬を出される。ようやく薬が1種類になって落ち着いているのに、これ以上、薬を増やしたくない。

昨年、あらゆる事件を彷彿とさせる恐ろしい事態に直面した時、以前に飲んでいて残っていた薬を服用したことがあった。頭がぼんやりとしてふんわりとして、ぶあつくて柔らかい繭のようなものに包まれているような感覚で、事件と共に自分の輪郭がぼやけた。やっぱり、もう飲みたくないと思った。以降、救心に頼っている。責任世代のプレッシャーが助かるのであれば、私も何とかなるかもしれないと思って。効いているかどうかは知らない。気休め。

今私が常用しているのは、コンサータという薬。

これはPTSDの薬でもなければ精神安定剤でもない。ADHDの薬。

「ADHDの症状は過剰に分泌されるドーパミンが再取り込みされることで表れている」という説に基づき、その再取り込み口に蓋をしてやろうという仕組みのもの、らしい。

私はコンサータを常用し始めて随分とラクになったので、ああ、私はADHDだったんだ、と思っていた。実際にそうなのかもしれないと今でも思っている。色々ぶっ飛んでるし。

しかし、最近知った。

「PTSDの症状として、怖い思いをした時にドーパミンが放出される」というようなものがあるらしい、ということを。

戦場でPTSDを患った人が銃声を聞いた時にドーパミンが放出されたとか。詳しくは知らない。

ちらほらこれまでブログにも書いてきている通り、私は幼い頃からおかしな子供だった。それはADHDだからなのか、PTSDだからなのか、わからない。PTSDの原因だろう事件が物心つくかつかないかの頃のことだから、そうかもしれないし、そのこと関係なくADHDだったのかもしれないし。

そうした人生を過ごして30年と少し、2年前ぐらいだっただろうか。自分がPTSDではなくADHDではないかと疑い始めたことがあった。その際、コンサータを処方してもらった。

テストの結果、能力的には問題なかったにしろ、普段の生活にADHDに該当する症状があるということで処方してもらった。

それ以来、コンサータを飲み続けているが、随分とラクになった。今まともに生活できているのは、コンサータのおかげだと本気で思っている。

こうした経験と「PTSDの症状の1つとしてドーパミンが過剰放出される」というぼんやりとした情報から、PTSDの治療にはドーパミンをどうにかしてやることが効果的なのではないかと、ふと、思った。

と、こうして突然こんなことを書いたかというと、PTSDとドーパミンの関係を最近知ることがあり、ドーパミンって怖いなぁ、と思ったから。

人の体の仕組みを知れば知るほど、なんて現代社会に不似合いなのだろうと思う。安全に生きることを前提として生きているから、何事かに見舞われた時、対処できない。

では何事かに見舞われる前提で生きればいいのかと考えてもみたけれど、それはそれでまともではない。常にナイフを振り回しているような人になってしまう。

ではどう生きれば現代社会に適しているのかと考えてみて、何事にも見舞われない前提で朗らかに生き、何事かに見舞われた時に冷静に現実を見据えることができればいいのだろうろ思う。

その何事かが何なのか、それを自らと、現代社会のシステムの中でどう処理することが適切なのか、冷静に。それが容易にできれば、誰も苦労はしないのだけれど。

私だってぐだぐだとこんなことを書き散らかしながら何にもできてなどいない。ただ、今の、文字をひたすら書き散らかす生活を気に入ってはいる。

底辺ダイバー

最近、体を鍛えている。

事の始まりは、キーボードを打っている最中に手が疲労し始めて「もう書けないよ~」となったことだった。

「底辺さん!新しい腕よ!」と投げてくれる相棒がいないため、ずっと書き続けられるように、ストレッチゴムを持って毎朝のウォーキングを始めた。気が付けば、直線を見つけては走るようになっていた。生まれて初めて、走ることが楽しいと思える時期を過ごしている。

体を鍛えれば鍛えるほど、脳に血が回っているのか、頭の回転も良くなったように思える。

ずっと表層をうろうろとしていた意識が、すっと奥の奥まで沈んでいくような感覚を、おおよそ十年ぶりにここしばらく味わっている。この感覚に陥ると、筆が進み、寝食を忘れかける。ふっと力を抜いた時、倒れるように眠る。まるでそういう動物のようだ。ハチワンダイバーが途中まで無料になっていた時期に読んだけれど、あんな感覚が近いと思う。

あそこに潜っている時は、本当に心地良い。辛いことも苦しいことも嬉しいこともどうでも良くなって、ただひたすらに手を動かす。小説を書いていると、辛いことや苦しいことを思い出しながら書くこともあるけれど、その時ですら、その気持ちは自分のものではなくて、他者のものであって、私はそれを俯瞰して実況中継しているような気持に陥る。これが、人によっては「キャラクターがしゃべり出す」という奴なのだろうと思う。

それはさておき、最近、青空文庫でちらほらと小説を読み返した中で、『人間失格』のこのくだりに、とても共感した。

人間に対して、いつも恐怖に震いおののき、また、人間としての自分の言動に、みじんも自信を持てず、そうして自分ひとりの懊悩おうのうは胸の中の小箱に秘め、その憂鬱、ナアヴァスネスを、ひたかくしに隠して、ひたすら無邪気の楽天性を装い、自分はお道化たお変人として、次第に完成されて行きました。
 何でもいいから、笑わせておればいいのだ、そうすると、人間たちは、自分が彼等の所謂「生活」の外にいても、あまりそれを気にしないのではないかしら、とにかく、彼等人間たちの目障りになってはいけない、自分は無だ、風だ、そらだ、というような思いばかりが募り、自分はお道化に依って家族を笑わせ、また、家族よりも、もっと不可解でおそろしい下男や下女にまで、必死のお道化のサーヴィスをしたのです。

私の書いているこうした文章を知らない人は、私がとんでもない楽天家で悩みがなく、強運だけで人生のあらゆるを獲得していっていると思っている人が多い。それを言われても、いちいち訂正することなく、「そうなんです。人生楽しい!」と返事をしてやり過ごすし、こうした部分に気付いた人には「そうなんです。夜中にポエムとか書いちゃう系です!」と返事をして仲を深めている。

仕事で書いている記事はとにかく媒体によって文体も論調も変えるので、本来、放置したらどのような文章を書くのかを知っている人は少ない。

人間に対する最後の求愛。人を愛しているがゆえに愛されたく、『ナアヴァスネス』や『憂鬱』をひた隠しにしなければならないと思う。こうした性質を常に剥き出しにして振る舞うのは、どうしても、乱暴なように思えてならない。自分が常人と狂人の間、もしかすると狂人に近いかもしれない立ち位置にいると自覚して、常人であるように、近いように、なじむように振る舞わなければならないと。

一部の方がお察しの通り、私は離婚した。成立したのは昨年の下半期で、去年一年、夫と共に暮らしていない。

このブログの一記事目にも別れの片鱗が実はちらりと出ていたけれど、私は夫を愛していたがゆえに、それを見ないふりをしていた。夫も恐らく、私を愛してくれていたがゆえに、それを見ないふりをしていた。もし、この世界に二人だけしかいなかったらこうはならなかったのかもしれない、と、ロマンチックな空想を繰り広げた後に、己の落ち度を思い出す。もし二人だけだったとしても、同じ結末を迎えていたのかもしれないと。

奇しくも、夫と別れてから、仕事は坂を転がる雪玉のように大きく膨れて、私はこれまで手に入れたくて仕方がなかったものを手に入れた。

「別れて良かったんだよ」という言葉は間違っていない。だって私は、お道化たお変人を気取る中で、誰にも本心を打ち明けていない上に、私の心願が成就されようとしている。何をとっても、悪いことなんてひとつもなかった。そうしているうちに、私は本心がどれかを忘れてしまった。それをいいことに「別れて良かった」を本心だと定義づけて、生活している。本当にそれが本心なのかどうかは、多分、最期の時にわかるのだろう。

全く連絡をとってはいないけれど、きっと、夫は私といた時よりも幸せにしてくれているだろうと思う。あんなにも優しい人だったのだから、幸せでいなければならないとも。

夫との暮らしは私にとって心願ではなく、助け船に近かった。助け船での暮らしは快適ではあったものの、あれやこれやと騒ぐ船員共に辟易としてしまった。そうなれば、後から乗り込んだ私が降りるしかなかった。とは言っても、私も助け船のあちこちを破損してしまっていたのだから、下ろされても仕方がない。

「最後に会いませんか」という連絡に「泣いてしまうからお断りします」と返した夫に、私はあまのじゃくなことしか言えなかった。

どれが本心なのかわからないけれど、私は今、幸せです。あんなにも愛してくれる人に出会えて、心願まで成就しようとしているのだから、これ以上の幸せはないとすら、今、思えるのです。