読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

底辺ネットライターが思うこと

私が思うことを主観的にひたすら綴る

海水浴の思い出たち

思い出 日記

小さい頃、海水浴が嫌いだった。

足の裏を焼く砂、膝に絡みつく海藻、目にしみる塩水、照りつける日差し、くらげ、自己嫌悪や苦々しいたくさんの思い出。

ひとつの不快感が他の不快感と紐付いて、そこまで嫌ではなかったことも少しずつしっかりとはっきりと嫌悪するようになっていった。何もかもが嫌だった。

嫌いになったきっかけは、中学に上がる前までの間に家族で何度か行った海水浴。中学に上がってからは家族が破綻し始めて旅行に行かなくなった。毎回、ろくなことがなかった。

親は身勝手だ。子供なんて海に連れて行くだけ連れて行けば勝手に楽しく遊ぶだろう、と思っている。遊び場やおもちゃさえ与えればかわいい遊び姿を見せてくれると思っている。否、もしかしたら他の子供はそうなのかもしれない。私が出来損ないの子供だっただけで。

もともとアクティブではない私は海で何をしたらいいのかわからなかった。浮き輪があってもビーチボールがあっても。

まして、姉妹仲は最悪だった。そういう場所で唯一の遊び相手だろう姉が嫌いだった。嫌いな理由はたくさんあったけれど、その海の帰りに買ってもらったかわいい鍵型のキーホルダーを姉に奪われた思い出も姉が嫌いな理由のひとつ。最後のひとつだったのでもう同じ物はもう売っておらず、私は全く違う形の鍵型のキーホルダーを親に渡された。私は泣き止んで黙るしかなかった。親を困らせたくなかった。

本当は、姉からキーホルダーを取り返して欲しかった。けれど、姉は物事が思い通りに行かないとかんしゃくを起こして大暴れする。私もそれを知っていた。だから、黙った。

そんな姉妹が、仲良く遊べるわけがない。水のかけあいっこやボールの投げあいなんて始めようものなら本気のケンカに発展する。姉は私と関わりたそうだけど、私はいつも何かを奪いにかかってくる姉から離れたかった。だから姉は母に任せて、私は一人、浮き輪に捕まって足の付くギリギリのところまで行ってみようと海に出た。

浅はかだった。

さっきまでついていたはずの足がつかない、と思った頃には、もう浜は遠くにあった。足を必死にばたつかせても波に勝てなかった。どんどん流されていく。浮き輪が大きくて、ずるずると体が落ちていく感覚。声を出そう、助けを求めようという発想はなく、今なら間に合うから何とか戻らなければと必死に足掻いた。

怖かった。死ぬ、とかそういうはっきりとした恐怖ではなかった。浜に戻る方法がわからない、そうした恐怖だった。

そんな時に、二人の男性が現れた。私の浮き輪を引っ張って、足の付くところまで戻してくれた。

すごくありがたいことだったのだけれど、すぐにそれがありがたいことだと理解できなかった。今思い出せば、頭の中の状態はパニック状態だったと形容できる。何も言えずにうつむいて黙っていた。

そうしているうちに、にこにこしていた男性たちは、次第に真顔になっていった。

「なんだ、かわいくない子だな」

そう言ってどこかへ行ってしまった。

私はとにもかくにもショックで、浜に戻って砂場の上でじっとしていることにした。

「もう泳がないのか?」と父に聞かれて、ただ頷いた。せっかく連れてきたのにかわいくない子だ、と思われていただろう。

泣かなかった。泣けるほど冷静じゃなかった。パニックを抱えたまま、ただ突然投げかけられた冷たい言葉に、自分はとても悪いことをしたのだと自分を責めた。

だから、海は嫌いだった。眩い太陽の日差しが私の背中に暗い影を落とす。夏がとても嫌いだった。

 

そんな私が先日、海水浴に行ってきた。

それはなぜか。海水浴が大好きだからだ。

人間、変われば変わるものだ。変わるためのきっかけがあるかないか、それだけの違い。幸いにも私は海水浴を好きになるきっかけを恵まれたのだ。

きっかけは、新婚旅行で行ったハワイの田舎の方にある静かな海。方向音痴な私たち夫婦は迷いに迷って、へとへとになってその海までたどり着いた。

鬱蒼と茂る木々の隙間からその海が見えた時、私は美しさに呑み込まれた。足の疲れは吹っ飛んだ。宝箱を開けたトレジャーハンターは、きっとこんな気持ちになるんだろう。白い砂浜と青い海に感嘆の声を上げた。

交通の便が悪い田舎の海まで出てきた甲斐があり、私たち以外はもう一組ぐらいしか人がいなかった。その一組も帰りかけていて、その海は私たち二人の独占状態だった。迷って時間が遅くなったおかげだった。

泳ぎが得意な夫は「向こうの方まで泳ごう」と遠くを指差した。けれど私は泳げないから、冗談で「おぶってよ」と言った。快諾された。驚いた。

夫の背中に乗ると、夫はざぶざぶと、まるで海の生き物のように泳ぎ出した。水が私の肌を勢いよく撫で、水しぶきがキラキラと輝いた。私は気づけば笑っていた。

疲れたからと夫が少しスピードを落として泳ぎ始めた。海に浮かびながらぼんやりと美しい地平線を眺めていると、突然、ぼちゃん!という音が横で鳴った。

私は咄嗟に叫んだ。くらげ、さめ、とにかく怖い海の生き物を思い浮かべた。

が、そこにいたのは、なんとも穏やかな顔をしたウミガメだった。

少しの間、私たちの隣を並ぶように泳ぐと、ちらりとこちらを見て会釈をした(ように見えた)。そして海の底へ沈んでいった。

一瞬の出来事だった。それだけのことで私の心はドキドキと高鳴った。足の裏を焼く砂浜も、まとわりつく海藻も、照りつける太陽も、苦々しい思いですらひっくるめて全てが美しくなった。

夫も驚きで疲れが吹っ飛んだんだろう。またスピードをあげて今度は浜に戻り、「海の水が肌を撫でてくれるのが気持ち良かった」という私の腕や足をひっつかんで、海辺を走り回った。

誰もいない海、二人の愛を確かめたくて。というわけでもないけれど。確かめ合ったことと、私が海とウミガメが大好きになったことは確かだった。ウミガメのポストカードとアクセサリーは今でも大事に持っている。

それから毎年、夏はできる限り海に行く。沖縄にも行った。夏に行けなかった時はグアムまで行った。海が大好き夫婦になった。

今年は近場だったけれど、お盆休みの最後の思い出に海まで出かけた。

いつも通り、夫は私を引っ張り回す。腕や足をつかんで引っ張り回すのは人の目がアレなので、ハワイ以降は浮き輪を導入している。端から端まで泳ぎ回る夫に引きずられる私。もう時期が時期なのでくらげが出始めていたが、夫が私にくらげを近付けないように振り払いまくってくれた。夫は刺されてるのに、おかげで私は無傷で帰還した。

今日でお盆休みが終わってしまう。けれど、最後にすごく良い思い出ができた。

苦々しい苦しい痛い辛い思い出がこうして上塗りされていく。今となっては海に良いイメージしかない。日焼けの跡すら愛おしい。心に風が通るような思い。

私の人生にこんなことが起こり得るなんて思わなかった。私は海水浴が大好きだ。