底辺ネットライターが思うこと

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じんましん闘病記

ここ半月ほど、私のブログやツイッターを追ってくれていた人はこう思っていたかもしれない。

「じんましんじんましんうるさい」

許してほしい。本当にじんましんのことしか考えられないぐらい、苦しめられていたのだ。

私はぶつぶつ恐怖症だ。ぶつぶつを見ると発狂しそうになる。とは言っても、叫んだり、泣いたり、そんな発狂の仕方ではない。静かに黙って、ぶつぶつをどうにかしようとする。ひっかいたり、つぶしたり。その間、恐怖心すらも忘れ、心は無に近い状態になる。そして全てが終わった後で叫ぶ。

そんな私が全身にぶつぶつをこさえていたのだ。なんて恐ろしい。

あれは9月に入ってすぐのことだった。

仕事をしていると、左手首に違和感が走った。見ると、皮膚があせものようになっていた。痒かった。

「パワーストーンのブレスレットに汗がたまったかな?」

私はブレスレットを外して、そのまま仕事を続けた。痒い。痒いけれど、どうせあせもだろう。この時、まだ正常性バイアスが働いていた。

皮膚のただれは少しずつ広がっていった。掻けば掻くほど痒い範囲が広がった。それでもまだあせもだと思っていた私が「あせもじゃない」と確信したのは、右腕を見た時だった。

左腕だけではなく、右腕にも炎症が表れていた。左右対称に表れているということは、外的要因ではなく、内的要因だ。

時計を見た。17時前。まだ病院は開いている。私は仕事を置いて、すぐさま内科に駆け込んだ。

鉄は熱いうちに打て。病気は早いうちに治せ。大病を患わないための鉄則である。

駆け込んだ内科は家のすぐそばの内科で、いつも小さい子どもや年配の方が多く診察に来ている病院だった。子どもから病気をもらうことを恐れてそれまでその病院には近寄らなかったのだけれど、覗いてみたらちょうど人がいなかったこと、今すぐに何とかしてほしいという思いから病院に駆け込んだ。

念のため「じんましんが出ているんですが、最近ニュースでやってるはしかとかではないでしょうか」と受け付けで確認した。もしそうだったら隔離されなければ、と思っての発言だったのだけれど。「熱が出てないので違うと思いますよ」と言われた。その後、看護師同士でくすくす笑っていたのを私は聞いていたし、忘れない。

そしてすぐに医者に診てもらい、「まぁ、多分、何かのアレルギーでしょう」というざっくりした診察結果を受けた。

これまでアレルギー反応が出た時は、じんましん以外に寒気や鼻水などの症状を併発していた。その上、これまで見たことのあるじんましんとは違う形だった。

なので、念のためそれを伝えた。が、「まぁ、色んな反応がありますから」ということだった。

アレルギーの食品を食べた記憶もなく、自然豊かな場所に行った記憶もない私は腑に落ちない思いを抱えながらも、言われるがままに注射を受け、飲み薬をもらい、帰宅した。

処方された通りに薬を服用して三日間。

悪化した。

「薬を飲んでいるのだから治る」というある種の正常性バイアスのせいで、悪化に気付くのが遅くなってしまった。

腕、胸、おなか、背中だけだったじんましんは三日の間で少しずつ広がり、ほぼ全身を覆い尽くしていた。顔と首、ふくらはぎの下半分だけが無事だった。

悪化を自覚したのは日曜日のことで、病院に行くことができなかった。ただ痒みと痛みの中で看護師の笑い声と医者の「まぁ、多分」という診察内容を思い出していた。

「仕事しなくちゃ」そう言って泣きながらキーボードを叩く私に、夫はいつも通り優しかった。ハッカ油入りの水を含んだタオルで背中を一生懸命拭いてくれた。

ただ、私は人に優しくする余裕がなかった。寝室で2人でベッドに横になった時に、人が横に寝ていると湿気のせいで痒さが増すことに気付いた。

先に寝入った夫を起こし、

「大変申し訳ないのですが、そういうことですので、隣の和室で寝ていただけませんでしょうか」

と丁重に頼んだ。

「それは別に構わないけど、その丁重な調子が気持ち悪いからそれだけやめてほしい」

と頼まれたので、「あっち行って」と言い直した。夫は笑顔で枕とスマホを持って部屋を出て行った。枕は持って行かなくてもお客様用布団が一式あるのに、と思いながら、私は倒れるように寝た。

翌日、少し離れた場所にある、評判の良い内科兼皮膚科まで足を運んだ。評判が良いためにいつも満員なので前回は避けたが、今回はそうも言っていられない。

待ち時間を耐えて、診察をしてもらった。

皮膚科担当の医者が私の肌を見た瞬間、「これは多分アレルギーじゃないねぇ」と一言。

「皮膚科よりも内科案件だから、内科の先生にお願いしましょう」と、内科に回される。

内科の医者が肌を見たところ、「アレルギーじゃなさそうだね」と一言。

原因がわからないので、とにかく血液検査。ついでにきつい注射を1本。こんなに痛い注射がこの世にあったのかというほど痛い注射を打たれた。しばらく、腕の曲げ伸ばしが辛かったほど。

血液検査の結果、どこかに炎症反応があるとのこと。どの内臓かわからないけれど、炎症しているということらしい。

じんましんが出る少し前から胃の調子がおかしかったので、「恐らく胃だと思います」と告げた。

結果、胃潰瘍の薬と、炎症を抑える薬の中で一番強いと言われている物を処方してもらった。

それを飲んでいる間、とにかく副作用がきつかった。朝、昼、晩と一日三回服用。飲む度に襲ってくる目眩と眠気。私は約一週間ほど、ほぼ寝て過ごした。

その療養の甲斐あって、先週の金曜日ぐらいからまともに着席できるようになった。今もまだわずかに痒みは残っているが、こうしてこんなしょうもない日記を書けているほどだ。

今回のじんましんで、私はたくさんの人の優しさに気付いた。

クライアントは病気の心配をしない。病気よりも仕事の納期、言った物をきちんと上げてくるかどうかの心配しかしない。と、思っていた。

じんましんになって仕事ができないのだから、納期が間に合わない連絡をしなければいけない。私はすごく苦しい気持ちだった。

怒られる。呆れられる。仕事を切られる。

あらゆるネガティブな未来を想像しながら、納期をずらしてもらわなければいけないクライアントに連絡をした。痒みと痛みと想像からの恐怖で私の心はもうずたぼろだった。

ところが、クライアントからの返事は皆とても優しい物だった。

「大丈夫ですか?」

「病気の時は休んでください」

なんて当たり前で、なんて優しい言葉なんだろう。私は泣いた。

着席できるようになってから

「これから急いでやるのでこのようなスケジュールでいかがでしょうか」

と提案すると、

「病み上がりなのに無理しないでください」

と。私はもう一度泣いた。

これまで

「何で病気になるんですか?」

「自己管理できてないんじゃないですか?」

「休んだ分、今日は休まずに働いてください」

ぐらいしか言われたことがない私にとって、革命的な出来事だった。

まさか病気で優しい言葉をかけてもらえるなんて夢にも思わなかった。

世の中、仕事よりも人の健康を優先してくれる人がいるのか。私はなんてすばらしい環境に恵まれたのかと今の私を取り囲む環境に感謝した。

健康を取り戻した今、頑張って働こうと思います。これからもよろしくお願いいたします。