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底辺ネットライターが思うこと

思うことをひたすら書くだけ

正常性バイアスに抗う無意識の不安

日記

今日も病院に行った。じんましんの経過報告。

もうほとんどの腫れが引き、痒いと感じられる場所も太ももと背中だけになった。背中は自分では見ることができずに不安だったが、医者が見て「ああ、もう大丈夫そうだね」と言ったので安心した。

じんましんが引き、一安心という顔をした医者に、私は問いかけた。

「じんましんになった前日、点滴を受けました。点滴を受けた理由は胃腸の調子がおかしいというものです。じんましんでそちらの不調を感じる間もなく今まで来ましたが、じんましんが治まってくるとやはり胃腸に不快感があります。そちらも診てもらえませんか?」

じんましんをしっかりと治してくれた医者。私は信頼を寄せていた。最初に行った病院の医者とは違う対応をしてくれるのではないだろうか。

「どんな風におかしい?」

と問い返されたので、私は細かい症状まで説明して、最初の内科で受けた点滴の名前、服用していた薬の名前も伝えた。それで効果がなかったことを伝えると、医者はふむ、と言ってベッドを差した。

「少し寝転がってみて」

寝転がるのか。まさかの展開だ。そう思いながら寝転がる。医者は胃ではなく、私の腸の辺りを触診した。

触診は気持ち良かった。おなかを押されるとなぜかもやっとした気分の悪さが消える。「痛くない?」と尋ねられるが、ずっと押していてほしいぐらいだった。「むしろ気持ちがいいです」と素直に答えた。

しかし、ある部分で反応が変わった。

右下腹部。その辺りを触ると、痛みがあった。

先に異変に気付いた医者が「この辺りは?」と私に問う。私は「その部分だけ痛いです」と答えた。

痛みのある辺りを触診し続け、医者は一つの結論を出してくれた。

「卵巣かもしれないね」

私は予想外のその言葉に衝撃を受けた。だるま落としで体の一部分をすこーんと飛ばされたような衝撃。

呆気にとられる私をよそに、医者は「大きな病院で、卵巣とその付近を調べよう。すぐに診察予約を取ろう」と言って、てきぱきと予約作業を始めた。

何の病気の可能性があるのかは一切示唆しなかった。けれど、一日でも早く検査をしようとスケジュールを電話で相談している姿。「卵巣じゃなくて腸の可能性もあるんだけどね。まだ何もわからないね」と優しく微笑む姿。それで感じ取ってしまった。

「厄介な病気かもしれないんだな」

こうして私はこの週末、腹部の精密検査を受けることになった。

私は今、漠然とした不安を抱えている。不安だ、不安だ、と手足をばたつかせるような不安ではなく、その気持ちを不安と明言することに違和感を覚えるような不安。いつも心の中にぴたりと健全にはまっている安寧のピースが1つ抜け落ちてしまったような。ぐらり、ぐらりとするけれど、大きく激しく揺れ動いているわけではなく、慌てるようなほどでもなく。

ただ、死に至るような病ではないだろう。もし卵巣に何かしらの問題があったとしても、どうにかなる程度の問題なんだろう。妙に確信している。

妙に確信しているからこそ、これは正常性バイアスが見せる幻なのではないだろうかと不安になる。

私の父は、癌で死んだ。父は胃に違和感を覚えながらも、「死に至る病ではない」と思い込み、「ガスターテンで治る」と言い張り、体中に癌を転移させて死んだ。

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事実、本来であれば死に至る病ではなかっただろう。手術をして取れるような癌。放射線治療でどうにかできたであろう癌。それを放置したがために癌の因子とやらが体中に広がり、内臓は破れ、体の内側は血まみれになり、それを垂れ流しながら死んだ。

父が死ぬ4年程前に、一緒に吊り橋に出かけたことがあった。インドア派の私をいつも連れ回してくれたアウトドアインドアどっちもこなす父。私が大人になって我が家の家庭環境が良くなってからは、恐らく私が子供の頃に連れて行きたかったのだろう色んなところに連れて行ってくれた。その1つが吊り橋だった。怖がる私を見て面白がって吊り橋を揺らしていた。

その吊り橋を降りて山道を少し歩いた。その時、体力自慢だった父が山道でひぃひぃ息を上げているのを見た。

「私より早く息を上げるなんて、父ももうトシだな」そう思った。

死ぬ半年前。たった三段しかない階段をのぼるために、ひぃ、ひぃ、ひぃ、と息を上げて声を上げていた父。その姿を見た時、あの山道を思い出した。

「もしかしたら、あの時からもう病気は始まっていたのだろうか」

あの時の違和感を私がただの加齢だと思わなければ。自営業のため定期的な健康診断をしていなかった病院嫌いな父を、無理矢理にでも健康診断に連れて行っていれば。人はいつか必ず死ぬと知りながら「父が死ぬはずない」なんて愚かなことを無意識のうちに考えなければ。もしかしたら父はまだ、生きていたかもしれない。

私はあれ以来、「正常性バイアス」という心の仕組みを恐ろしく感じている。私がこの言葉をよく使うのは、不安だからだ。

「どうせ大丈夫だろう」

この自信は一体どこからやってくるのだろう。過去、散々間違えて痛い目を見てきたくせに、何も正しいことなんかできないくせに、どうして自分の判断を信じられるのだろう。「どうせ」なんて言葉は何を根拠にしているのだろう。

「どうせ大丈夫だろう」と心の中で唱えた瞬間、私はそう自問自答する癖が付いてしまった。答えのない自問自答のオチはただの不安。

正常性バイアスに抵抗したところで現実は何も変わらない。病気であれば病気だし、そうでなければそうでない。何も変わらない。今の私が正常性バイアスに抗って得られるのはただの不安だけだ。

大人しく心の仕組みに従っておけば不安なんて抱えずに済んだのに、私はなんて面倒で愚かなのか。普通にしていれば、ただ力を抜いて受け流せば何でもない物事ですらがっしりと受け止めてそれが重いと不満を言う。

こうして無駄に不安と闘いながら私はこれからも生きていくのだ。きっと私は一生そうなんだ。それだけは妙に確信している。

来週を迎える頃には「何もありませんでした。笑ってください」と報告ができますように。