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底辺ネットライターが思うこと

思うことをひたすら書くだけ

母の温もりと祖母の寂しさ

先日、母と一緒に祖母の家へ伺った。一年ぶりの、一週間ほどの滞在。

周りは大きく変わっていた。

聞いてはいたけれど、祖母の住んでいた市営住宅が取り壊しとなり、祖母は新しい市営住宅へと移り住んでいた。

取り壊しになる棟の真裏に作られた新しい市営住宅。団地と言うより、マンションという言葉がしっくり来るようなきれいな建物だった。

部屋に入ると、その中も新築マンションそのもの。つやつやとしたフローリングに全自動のお風呂。私が住んでいるマンションよりも設備がしっかりとしている上に部屋も広く、この場所に格安で住まわせてもらっている祖母が羨ましいとすら思った。

経緯はよく知らないけれど、祖母は運良くその市営住宅に入れたと親戚が話していた。

「これも日頃の行いが良いおかげよねぇ」と皆が口を揃えて言う。

祖母は恐ろしく無欲であらゆる贅沢を嫌うので、皆がそう言うのもわかる。けれど、必要最低限の贅沢も断られるので少し困る時がある。

例えば、もう足腰がかなり悪く、数メートル歩くのもやっとなのに、車椅子や歩行器は絶対に要らないと言う。熱中症になっては困るからとエアコンを部屋に入れようと言ったら断固として拒否される。寝る時に体の痛みに叫ぶようにうなされ、起きるのもやっとなのに、ベッドも絶対に要らないと言う。

「何かに頼って生活すれば自分が弱る」というのが祖母の考え方らしい。

3DKの部屋にテレビと椅子と布団、そして電話台に一人暮らし用の冷蔵庫。魔法瓶のポットにガスコンロ。必要最低限の物しか置かれていない。これがミニマリストの生活というものなのだろうか。

しかし、原爆の被害を受けて悲惨な生活を体験した上に、戸建ての家を火事で失った祖母にとっては、それすらも贅沢なのだろう。きっと。

本当に必要最低限の物しか置いていなかったため、私と母は普段よく泊まりに来る叔父が使っているシングルの布団で二人、肩を寄せて眠ることになった。この歳になって母と一緒に眠ることがあるとは思わなかった。

小さい頃、母と一緒に眠るのが好きだったけれど、父が許してくれなかったことを思い出した。甘やかすと癖になるからと理由づけていたけれど、本音は自分が眠るまで母に起きていて欲しかったのだろう。私に似て、とても寂しがりな父だったから。

そのせいで私は小学校の低学年頃から一人で眠り始めた。最初のうちは「お母さんと一緒に寝たい」と影でこっそり泣いていた。次第に、布団に入ると泣くことが日課になり、今寝ているこの床がひっくり帰ってマグマに落とされたらどうしようとか、突然ドラゴンボールのように地球滅亡をもくろむ敵がやってきて私だけ生き残ったらどうしようとか、そんなしょうもないことを考えて泣くようになった。

父と母の夫婦仲が怪しくなり、母が怒りっぽくなってきたのが私が小学校高学年の頃。その頃も私は夜眠る前に泣かないと眠ることができなくて、隠れてしくしくと泣いていた。

そんなある日、母が私の布団を勢いよくめくった。母は怒った顔をしながら「何で泣いているの」と聞いてきた。「世界が滅亡することを考えていた」とはさすがに言えず、「なんとなく」と答えた。母は溜め息を吐いてリビングに戻り、近くで眠ろうとしていた姉は「気持ち悪い」と言った。夜眠る前に意味もなく泣くことはいけないことなのだと、その時知った。

なんだかんだと色々あり、結局は仲の良い夫婦に戻った父と母。私はその喧嘩に巻き込まれただけだった。今となってはそういうこともあると納得しているけれど、高校生ぐらいの時には二人を憎んだ時期もあった。姉は元々そういう性格なので、もうどうしようもないと諦めている。もちろん、憎んでいた時期もあったけれど。

そんな私の人生で、些細な願い事の一つが「死ぬまでにもう一度、母と一緒に眠りたい」ということだった。

しょうもないと笑われるだろうか?

気持ち悪いと罵られるだろうか?

どう思われても私は、母のあの柔らかい温もりが恋しくて、忘れられなくて、せめてもう一度でいいから一緒に眠りたいという願いを捨てられなかった。

何気なく行った祖母宅でその願いがうっかり叶えられてしまい、とても驚いた。

最初は照れ臭くて、布団の中でも端と端で眠った。毛布と掛布団があったので、それぞれ一枚ずつ使っていた。

けれど、数日眠っているうちに寒い夜の日があって、その日、母の方から寄り添ってきた。

肌に触れる感触で、ふと目が覚めた。震えて背中に寄り添う母を感じ取って、「ああ、寒いんだな」と思って、寝ぼけながら私がかぶっていた布団を掛けた。

母は私より小さかった。私の腕にすっぽりと収まった。「これじゃあ期待していたのと逆だなぁ」と、考えた。母も似たようなことを考えたのだろうか。私の体に抱き着いてきた。

結婚して以来、母がどことなく他人のように思えて、きっと母もどことなく私を他人のように感じていて、お互いに気を遣ってばかりだった。久しぶりに親子らしい交流をしたと感じた。

それだけで幸福に思えた。とても不思議だけれど、母を母と感じるだけで無性に幸せだった。これが普通なのだろうか。

私にはよくわからない。どれが普通なのか。

ただ、今が幸せなのでどれが普通でもどうでもいいと思っている。

それよりも、祖母も何かしらの寂しさを抱えながら生きているのだろうか、ということが気になって仕方がない。けれど、誰もそれを埋める手段を持たない。ただ寄り添えばいいだけなのかもしれないけれど、祖母はそれをとても嫌う。体の痛みにうめき声を上げながら一人で眠る。

だから私は、祖母にもっと贅沢を望んで欲しい。あれが欲しいとか、それが食べたいとか、もっとたくさん言って欲しい。そうでなければ、幸せを感じてもらうことができない。求められなければ、与えても全てが不快になるのだから。

人は難しい。その人が望む生き方ですら、その人の幸せとは限らない。では、どうすればいいのか。いつも悩まされる。