底辺ネットライターが思うこと

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幸福論

ステレオタイプの幸福論が蔓延して、それに従えなければおかしな人間だとレッテルが貼られる世の中で、私は今、おかしな人間であることを認めることで幸福になれた。

「快楽は『不幸の瞬間的な停止』でしかない」と、最近、本で読んだ。

快楽という部品で不幸を塞き止めたって、壊れたらどっと流れ始める。

だから塞き止めたくて次なる快楽を次なる快楽をと貪ってしまう。

本心が求める一般的でない生き方をうべなったり、認めたくない気持ちを認めたり、愛している「物」や「者」を愛しているというだけで幸福を本流にできるのに。どうして、留め具に頼ってしまうのだろう。

そう思って、私がそれに気付いたのは三十路を過ぎてからだと気付く。

歳をとるのは、悪くない。