底辺ネットライターが思うこと

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変な男性にしか好かれない現象に苦しんでいる女性に伝えたいこと

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この悩み、とてもよくわかる。

これまで生きてきて、変な男性に好かれて刑法違反なことをされたことは、1回や2回ではない。被害届は計3回。出していない被害は、数えてない。被害と呼べないレベル(刑法に照らし合わせたら間違いなく被害だけど「ああ怖かった」で落ち着くレベルのもの)のものも、もちろん数えてない。

なので、この質問をした女性の苦悩が手に取るようにわかって。

私の思っていることが全部正しいわけじゃないけれど、そういう目に遭ってきた私だから考えられることを、まとめて誰でも見れるようにおこうと思った。同じ悩みを持っている誰かの目に触れて、その人の心が少しでも救われたら嬉しいから。

変な男=無駄にすごい行動力+好意は必ず美徳であるという思い込みを持つ男性

注目したいのは、ここで定義されている「変な男」について。

職場で待ち伏せされたり、面識もない人に目をつけられたり、セクハラおじさんにやたら絡まれるそうだ。

「ただ変わった性格の人」という訳ではなくて、「『好意がある=美徳』として無茶苦茶な迫り方をしてくる人」がここで「変な男」として定義されている。

こういう相手に対して、下記のような対策は全くの無意味だ。

対策として多く挙がったのは、印象を変えることだった。服装や見た目に意思を感じさせ、簡単には付け入れられない人を演出することで、変な男性を遠ざけようという工夫だ。いずれも効果を感じているというから、見た目の力は大きい。

どれだけ華やかであろうと、キツそうな見た目であろうと、「やる奴はやる」「やらない奴はやらない」。この原則を忘れてはいけない。

見た目を変えて効果がある人もいるかもしれないけれど、必ずある訳ではない。私が生き証人だ。可愛い系からセクシー系、賢い系に男装系、果てはジャージスタイルまで、どんなファッションをしていても被害に遭った。被害届を出すレベルから泣き寝入りするレベルまで、ありとあらゆる被害に遭った。

問題の原因は「無駄にすごい行動力のある思い込みの激しい変な男」にある。

待ち伏せされる、尾行される、セクハラされる。良識を持っている男性であれば、どれだけ好みの女性であっても、こんなことはしない。

変な男性に好かれる女性が良識ある男性にモテなくなる理由

そして「変な男の無駄にすごい行動力」のせいで辛い目に遭ったことが、その人の恋愛に大きく影響する。

まず、男性と接するときに多少なりとも怯えてしまう。構えてしまう。

良識ある男性はこうした空気を察した時点で「あ、俺に興味ないんだな。身を引こう」と判断して、多少好みであったとしても身を引く。

結果、良識あるステキな男性から言い寄られにくくなるという状態ができあがる。

もう1つ。こうした被害に遭うと、この記事で言われているアドバイスのように「あなたの○○が悪いんだよ」と四方八方から言われる。

結果、女性らしく振る舞うことを制限される。フルスロットルで“女性”として生きている女性に、勝てる訳がない。特に「婚活パーティー」のような「短時間で女性としての魅力を感じてもらわなければならない」というような場で、完全に不利だ。

そう、すべてはこの人のせいではない。変なことをやった奴のせいだ。

的を外したアドバイスを呑み続けるといつか気が狂う問題

この人は、このままこのアドバイスを受け入れ続けたら、潰れるかもしれない。

「よく自分と対等な人にしか相手にされないと聞きますがやっぱり本当なのでしょうか」

すでにこのようなことを考えてしまっている。

その上で「相手に勘違いさせるから」「愛想よく対応してしまうせい」とか言われたら、「やっぱり私が悪いんだ」と、すべてを受け入れて呑み込んでしまうだろう。

もしこの段階で効果があり、この人の願った通りの結果が得られるならそれ以上に望ましいことはない。

怖いのは、すべてを呑み込んで必死で努力しても「行動力がやばい変な男性」につけ狙われて、苦しむ可能性がゼロではないということ。

「私が女だから悪いんだ」と、自らを否定するようになる

この感情は、怖い。

私は何度もこの感情に溺れた。

女じゃなければ、目立つ容姿じゃなければ、そもそも私が存在しなければ。比喩でも何でもなく、呼吸ができなくなる。

解決策のないこの苦悩は、「絶望」そのものだと思う。

絶望すると、憤りはあっという間になくなる。すべて自分の責任なのだから、誰を責める気にもならない。

自分がこの世に存在してはいけない魔女のようだと思う。他の女性と同じようにして存在しているだけで「悪い」と言われるのだから。

何もしていないのに「あなたが加害者を生み出した」と言われたこともある。世が世なら火あぶりの刑に処されていたのだろうか、私の存在はそれだけ悪なんだろうか、だなんてことを呼吸のできない空気の中で。

ただひたすら悲しい。悲しい、という言葉は不適切かもしれない。腹の底まですとんと冷たい息を落ちていって、それがとげのようになって全身を刺す。

その痛みに独りで泣き叫んだ夜は一度じゃない。人間、悲しみが行き過ぎると悲鳴をあげるものなんだな、と、思った。

ここで死んでしまう人もいる。私はそれが悲しくて仕方がない。

インターネットでアドバイスする人の意図は必ずしも善意ではない

だから、簡単にこうしたアドバイスを呑み込まないでほしいと思う。問題の本質は、本人にしかわからない。インターネットで回答する人の中には、男性にモテるというだけで嫉妬する女性もいるし、自意識過剰で生意気だと敵視する男性もいる。

「その人」自身を見ていないアドバイスなんて何の意味もない。性の問題については、自らの心が納得できる答えを、自分で探すしかないんだと、思う。

もし、どんなアドバイスを受けても、腑に落ちなければ、突っぱねるぐらいでいい。善意のふりをした悪意を呑み込んで腹を壊すのは、自分だ。

私は今、開き直って逃げ回って、女性らしく生きている

私は今、このループからようやく抜け出すことができた。

「良識を持って法律を守って生きているんだから、好きに生きさせろ」と開き直った。

「この人、変な人かもしれない」と感じた人と交流するときは、先に友人の耳にその情報を入れておくようにした。いざとなったときに助けてもらえるように。

「そんな目に遭うのはそもそもあなたが……」と言うような人とは、交流しないようにした。

劣情から、嫉妬から、逃げる。とにかく逃げる。かわして逃げる。走って逃げる。

なんで、自らの欲望に負けて人を傷付けるような心の弱い人のために、傷付かなくちゃならないんだ。

私が傷付けば私を大事にしてくれている人が傷つく。私は私を大事にしてくれている人を傷付けたくない。どうせ傷付くなら、意味のある傷付き方をしたい。人を愛して別れを知る、とか、そういう。

愛想良くしていてもいい。どんなファッションをしていてもいい。だってそれは女性として、人として、魅力でしかない。

何も気にせず女性らしく振る舞ったら良識ある男性にモテるようになった

今、私は、生まれてきて一番女性らしく振る舞っている。

ファッション誌を読んで、トレンドカラーのアイシャドウを取り入れて、髪の毛を巻いて。

「変な人に好かれないような洋服」「ビジネスライクな洋服」という服の選択基準を全部捨てて、「私が着たい洋服」「私に似合う洋服」を買い足すようになった。最近は、生まれて初めて真っ白なコートを着ている。

私を大事にしてくれる人は、そうした振る舞いを褒めてくれる。「そんな恰好して、変な男が寄ってきたらどうするの」なんて絶対に言わない。

私はそうした社会に身を置くことに決めた。

そうしたら、何かあっても必ず誰かが助けてくれる。身も心も、必ず。誰も私を責めることはない。そうして大事にしてもらえるから、この人たちのために自分を大事にしようと思えた。

こう思えてから、良識ある男性にもモテるようになった。

男性への過度な恐怖感と緊張がなくなって力が抜けたから好意アピールしやすくなったというのもあるだろうし、私自身が「良識ある男性からの良識的な好意アピールに気付けるようになった」のもあると思う。

「変な男性からの激しすぎる好意アピール」に慣れていると、良識的な男性の好意アピールに気付けなくなるんだろうな、と、今となっては思う。多分、これまでも好かれていたことはあるんだと思った。

今はお付き合いしている人はいないけれど、「次はどんな男性と付き合うことになるのかな」と考えると、とてもわくわくする。

どんなに頑張っても自分の肉体や性質からは逃げられないけれど、それは横に置いておいて女性としての人生を楽しむことはできる。問題があるからといって、すべてを諦めなくていい。望んでいいんだと、ようやっと思えた。

逃げることは大変だし理不尽だけど“生きていく”ことが最優先

すべての人に愛想良く優しく振る舞っても、どんなファッションをしていても、幸せに生きていける社会はある。そもそも、それはその人の魅力でしかないのだから、それを削ぎ落とせだなんていう社会は、醜悪だ。

魅力を否定してくるような輩しかいない界隈からは、とっとと逃げた方がいい。

逃げることには大きな損失が付きまとう。何もしていないのに何でこんな損をしなくちゃいけないんだとか、あっちが悪いんだからあっちが責任取れよだとか、色々、考えると思う。女らしいとか目立つとか、生まれ持ってのことで振り回されるなんて、なんて理不尽なんだろうと思う。

けれど、生きていけなくなるよりまし。

魅力的な人が魅力的なままで気持ちよく生きていける場所は、この世にごまんとある。絶対にある。保証する。じゃないと私、とっくに死んでる。

そういう場所に身を置くことができれば、すべての過去に感謝できるようになる。批判にも強くなる。理解して大事にしてくれる人がいる場所に身を置くことは、それだけであらゆるものに勝てるぐらい強くなれる。

ナルシストと思われたって、自分を殺すよりまし。開き直れ。自由に生きていく方法はそれしかない。