底辺ネットライターが思うこと

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幸福の泉

ふくろうを助けた。

私が居酒屋のカウンターで食事をしていると、少し離れた右手前辺りにあるボックス席から人の視線を感じた。そちらを見ると、昨年まで関わっていた組織に属する方おふたりで、こちらを見てせせら笑っていた。そのふたりは、私のことをとても嫌っていて、そのことは知っていて。嫌われている理由が「いわれもないこと」なので、取り付く島もなく、私はそのふたりから距離を取った。あちらから悪意を剥き出してきたのだから、私になんて関わらなければいいだろうに、なぜわざわざ私が見えるところの席を陣取り、私の一挙一動を酒の肴にしているのだろうか。

腹は立たなかった。理解できなかった。頭の中は疑問符と呆れで溢れかえったので、それを酒の肴にして、私は焼酎を口に含んだ。刺身を頼んだのだから、日本酒にするべきだったと思った。

そうしているうちに、背後からシャッター音が聞こえて、振り向いた。中心に大きな木がそびえる煉瓦でできた円形の花壇。そこに中学生ぐらいの女の子が座っていて、スマートフォンで何やら撮影していた。軽快なナレーションが聞こえて、動画撮影をしているのだとわかった。

「この子は、過激な動画をUPするタイプのYouTuberだ」とすぐに判断した。それは、その花壇の横にあるよくわからない大きな箱。今からそれに男の子を押し込めて、それを観察すると宣言したからだった。

まさかそんなことするはずないと、少しの間、そちらに体を向けながらも、ただ眺めていた。けれど、女の子は本当に男の子を詰め込んだ。男の子は泣きも怒りも抵抗もせず、そうされることが当然と言わんばかりに、されるがままになっていた。その子の顔をじっと見ると、とても悲しそうだった。

「こら!」気付いたら一喝していた。声に驚いて女の子は動きを止めた。駆け寄って、私は男の子を引きずり出した。

私を酒の肴にしていたふたりは、にたにたと笑っていた。

「あんな得にならないことをして、あいつはやっぱり馬鹿だ」

「あの女の子はいつもそういうことをしているのだから好きにさせてやればいいのに、偽善者だ」

「これから女の子が怒り狂って、痛い目に遭うだろう」

そうしたことを話しながら、こちらを観察していた。腹は立たなかった。「あの人たちはそういう人たちなんだ」と思ってから、男の子を抱き抱えた。

男の子はふくろうになった。その男の子がふくろうだということを誰も知らなかったようで、女の子も、そのふたりも、ただ驚いてこちらを見ていた。私は「ああ、この子はふくろうだったんだ」と、漠然と思った。

ふくろうは、私にとても感謝してくれた。目に涙を浮かべて、何度も何度も。「これまで何度こんなようなことに遭っても、助けてもらえたことはなかったよ」と。

ふくろうは、天に帰りたいと話し始めた。どうやら天使か神か、何かだったらしい。「お見送りします」と言って、私は店の外に出た。皆が、口を開けて私たちを見ていた。

ドアを開けると、広大な森が広がっていて、そこで初めて店の入り口が高台にあることを知った。高い場所から見渡す森はとても美しかった。それを堪能する間もなく、ふくろうは天使の姿になった。

驚いたことはふたつあった。「天使」だと名乗りながら、ふくろうの体に中年男性の顔が付いた姿になったこと。顔は脂でべったりとしていて、髪の毛が貼り付いていた。歯は痩せていて黄色くて、「天使とは美しいものだ」と思い込んでいた私はただただ驚いた。けれど、「天使とはこういうものなのか」と思い直し、特にそれについて言及しなかった。

もうひとつ驚いたのが、その天使が興奮した人と同じように捲し立てるように話し始めたこと。これも、勝手な思い込みだったけれど、天使は多くを語らず静かに優しく命を導くだけの存在だと思っていた。「天使とはこういうものなのか」と思い直し、首を縦に振って相槌を打ちながら、天使の話を聞いた。

何を話しているのかさっぱりわからなくて、ただその嬉しそうな表情と、端々の言葉から、私への感謝を語ってくれているのだと受け取った。それが嬉しくて、私からも「ありがとう」と伝えた。

そうしているうちに、ふくろうは天に帰っていった。天へ向かうまでの道中も、落ち着きがなく、汗をかきながら何かを話していた。「珍しいものを見たなぁ」と思って、私は店の中に戻った。

 

ふくろうは天に帰って、人の姿になった。そしてそこにいる人と話し始めた。それが誰かは、私にはわからない。天使は、興奮した人と同じように捲し立てた。

どうも、彼は「幸福の泉」と呼ばれる泉の番人を探しに出ていたらしい。その泉の水を飲めば幸福になれるというもので、多くの人がそこに訪れるのだという。

その泉の番人になるということは、とても長い時間の孤独を強いられる。決して泉の水を口にしてはならないし、職務を全うするまでその場から離れることは叶わない。けれど、職務を全うしたとき、泉の水をただ口にするよりも大きな幸福が得られる。それは世界を変えられるほどの力だから、認めた者以外は、決して番人にしてはならないとされていた。

しかし、天使たちが認めた人の多くは、長い時間の孤独を恐れて、断るのだという。

「世界を変えなくても、私たちは幸せだから」皆が口をそろえてそう答える。だから、しばらくの間、幸福の泉には番人がおらず、誰もその水を口にできなかった。

ふくろうは、私を番人候補にしたいとその人に話していた。まだ候補をたくさん挙げて、その中から選ばなければならないけれど、そのうちのひとりにしたいと。

ふくろうの話を聞いている人は、考えて唸った。「例外すぎて、判断ができない」

ふくろうは答えた。「だからこれから、あの人を観察していきましょう」

 

そこで、目が覚めた。

私は一年に一度ぐらい、とても不思議な夢を見る。それは予知夢とかそういうものではなく、これまで全く見たことのなかったもの、知らなかったことが出てくる夢。夢とは、脳内の情報整理のために見るものだと言われるけれど、それで説明がつかない夢。それはこうして書き出せるほどはっきりと記憶して目覚める。そうした夢を見たときは、忘れないうちに書き留めておく。それを物語に仕立て直したこともあった。

こうした夢を見ると、好奇心が刺激されて、わくわくして、とても楽しい思いになる。毎日寝るときに、「今日は見れるかな」と思って眠るのだけれど、そんな簡単には見られない。だから、この夢を見て、とても嬉しかった。

このふくろうは私の夢の中の生き物で、実在しない。天使もいるかどうかわからないし、幸福の泉なんてものは聞いたこともない。だから、それらが私をどれだけ高く評価しようが、現実の世界では全く意味のないことだ。

けれど、「もしかしたら見ているかもしれない」と思ってみると、背筋が伸びる思いだった。

自分のやっていること、貫いていることが、本当に正しいことかどうか、わからない。ただ信念に基づいて、人権と尊厳を守るために、できる限りのことを進めている。今までにないことをしている訳だから、否定的な意見もある。心が弱っているときは、「そっちの方が正しいのかもしれない」と思うこともある。けれど、どれだけそう思って落ち込んでも、人権や尊厳を守って生きていけない世界なら死んだ方がましだと思い直して立ち上がる。正しいかどうかは、死ぬときにわかる。死ぬときでないとわからない。だから何と言われても折れない。非暴力、不服従。これが今の、私のテーマ。

もし本当に幸福の泉の番人に誘われることがあれば、私はぜひ引き受けたい。だから、候補から外れないように、これからも生きていこうと思う。

「候補から外されないような生き方」は、私にとって、信念を貫いていくということだ。