底辺ネットライターが思うこと

思うことをひたすら書くだけ

とげとげ好き

「私はPTSDです」とリアルの世界で軽々しく言い触らすようになって、大体5か月ぐらい経つ。

このブログで使うような、隠さなければ生きていけないと思っていたとげとげしい物言いや人格が、ぽろぽろと実生活でこぼれるようになった。

逆に、ブログで書く文章が少し砕けてきたようにも思う。

以前は「こういう文体で書かなければ」「こういう人間でなければ」という強迫観念のようなものがあった。

思い返してみれば、『例の記事』が拡散された年は、「自らの考えを広めるためには、インターネットで拡散される記事を書かなくては」と思っていたようにも思える。話題に乗らなければという浅ましい居心地の悪さを自覚しながら、どうしても、助かりたかったし助けたかった。

その次の年、一昨年は、独りになった辛さと「文章を書いて生きたい」という欲望に塗れながら、何もかもに喰らいついていた。仕事か、交流会か、小説を書くか。それにすべての日を費やした。辛いことが多かった。辛すぎて歩けなくなった日は泣きながら太腿を殴った。痛かったけど、歩けた。死ななければ何とかなるもんだと思った。ブログはあまり書いていなかった。何を書けばいいのかわからなかった。

去年は、私に執着していた「怖い人」に、何とか間接的に嫌悪感を伝えられたらと願ってブログを書いていた時期が長かった。怖すぎて、直接は話せなかった。私のブログを毎日読んでいたらしいのに、伝えたいことは伝わらなかった。最後ようやく本人と話せたとき、「アンチみたいな読み方するんですね」と伝えたことは覚えている(「ブログにアンチがついているの凄い」と褒められたことがあった)。
多分もうその人はブログを読んでないと思うからこそこうして書いているんだけど、本当に怖かった。去年の私をずっと見守ってくれていた友人は、「生きていてくれて良かった」と喜んで、「仕事だけじゃなくて自分も大事にして」と怒った。愛のある叱責は嬉しくて仕方がないものだと知った。

今は、好き勝手書いている。

私が人当りの良い人を演じても、私を嫌う人は嫌う。

私がとげとげしい人間だとわかっても、好いてくれる人は好いてくれる。

「PTSDです」と軽々しく語る私を認めて尚、一緒にご飯を食べて笑ってくれる人が割とたくさんいる。「むしろ今の方が良い」って言ってくれる人も結構いる。

私は、仕事と文章以外を大事に扱ってこなかった。できなかった。文章はみんなが褒めてくれるから自信があるけれど、私という人間本体の自信はからっきしだから、大切にされなくて当然だと思っていた。

私という人間本体を可愛がってもらって、大事にされて、ようやく少しずつ大事にできるようになってきた。私が傷ついたら、私を大事にしている人が傷つく。そう思えてようやく、自分の声とか、顔とか、そういうものが脳内に描けるようになってきた。これまで描けなかった。脳内には私の代理人がいて、その人が私だった。私って結構女っぽい声してるんだな、と、最近になって思った。

私は私という性質のまま生きて、だからこそ書ける文章を書いて生きて、そうして見つけた大事なものを大事にして生きていきたいと今は思う。来週どう思ってるかは知らないけど、今は思う。

ところで私は射手座なのだけれど、しいたけ占いによると、今週は「ボコボコにしていってやる」とか、乱暴な台詞をつぶやくべき週らしい。

voguegirl.jp

「占いは絶対!」「妄信!」という感じではないけれど、星の流れとか、引力とか、なんだかんだで影響があると思っている。星の逆行は意識してスケジュールを組んだりしている。

最近は見るだけではなく、星を読む勉強もしている。インタビューした人の出生ホロスコープを読んでお渡ししてみたところ、「結構当たっている」と言われた。うれしい。

毎週チェックしているしいたけ占い。今週は特に、私のことをどこかで見ているのかと思うようなことが書いてあるから、アドバイスに従ってみようと思う。

ボコボコにしてやるし、私は私のままで面白い景色を見せていってやる。見てろよ。