底辺ネットライターが思うこと

思うことをひたすら書くだけ

『人』として働くということ

何でこんなに忙しいんだ。

目を休ませる暇がなく、目を開けていることすら辛くなってきて、こんなものを衝動買いしてしまった。

私は別に金持ちではない。ふつうの生活がしていける程度の日銭を稼いでいるだけのただの物書きなのだけれど、目を潰すよりはいいと思ったんだ。

健康は、買い戻せない。

「一か月かけて失った健康は、ひと月の時間とひと月分の賃金とをかけても取り戻せない」

私の体はその辛さをとてもよく知っていて、だからそこへの投資を惜しまないようにしている。キーボードもHHKBを愛用している。

PFU Happy Hacking Keyboard Professional2 Type-S 英語配列/白 PD-KB400WS

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リアルフォースとHHKBを両方使った結果、HHKBを愛用している。HHKBは慣れるまで使いにくく感じるけれど、一旦慣れてしまうとめちゃくちゃタイピングが早くなる。小さくて持ち運びしやすいところも気に入っている。

HHKBを使い始めてから、手の疲労がかなり軽減した。これがなければ、今の私の仕事は成り立っていない。

「こういう物が欲しいけれど、きっとないだろう」とインターネットで検索してみると、大体は見つかる。期待外れの物ももちろんあるけれどそれはそれでゆかいだし、中にはHHKBキーボードのように「なければ生きていけない」と思えるような物に出会うこともある。こんなすばらしいデジタルガジェットを次々に生み出してくれるギークたちに、心から感謝している。

冗談抜きで忙しい。今もこうして息抜きにブログをしたためているものの、やらなければならない案件があって、目を逸らしたい気持ちでいっぱいになりながらも、ひと息ついたら着手する予定で。

ただ、最近の課題のひとつとして「休むことを覚える」ということも掲げていて、これが何とも難しい。「休んでいる」と「怠けている」の区別がとても難しくて、自分が怠けていると思ってしまって罪悪感を覚えてしまい、「働かなくては」と動き出してしまう。そうして力尽きて休んでいる間に、やることは増えている。

私は独立してから今まで、クラウドソーシングサイトは一切使っていない。このブログを介していただいた案件をこなしているうちに、某メディアの契約ライターになる機会を賜り、そこで仕事を評価されて以来、探さなくても案件を打診されるようになった。仲介料を取られていないうえに、私の仕事を認めてくださってのご依頼なので、報酬は悪くないというか、良い。暴言も吐かれないし、めちゃくちゃな修正依頼も来ない。「人として働くとはこういうことか」と感動すら覚えるほど。

心に余裕をもって働くようになってから、「なぜ私のライティングが評価されるのか」と自己分析をするようになり、未経験者にそれを教えて在宅ライターとして働くようになってもらい、それがまた評価され、ライティングの授業までできるようになってしまった。余裕をもって営める仕事をすると、ポジティブな副産物が生まれる。

私はもともとゲームソフトプランナーで、開発ディレクターまで務めた経験があるのだけれど、その際、仕様書の書き方を覚えなければならなかった。そのためロジカルシンキングを勉強するようになり、物事を論理立てて考えるようになり、それがライター業務の中で活きていると思う。生まれついての文系なのに、ライターの仕事をしていると「理系ですか?」と尋ねられることが結構ある。「うまくやれているんだなぁ」と自分に感心することも、しばしば。

こうして書いていると自分大好き人間のように思えるけれど、根っこは驚くほど卑屈で、「私なんて死んだ方が良い」が未だに口癖だ。「私は世界で一番どうでもいい人間なんです」と熱弁して、ドン引きされることもある。

先日、『かぼちゃの馬車の“クレーム”ブリュレ』の紙書籍用原稿を納品してから数時間後に、電子書籍を読んだ友人から「ここの表現、変えた方が良いのでは」という指摘をもらった。

普段からとてもよくしてくれる友人で。“個人的な修羅場”の渦中、パニックで毎日のように発作を起こしていた際、夜中に電話やメールをしても応え続けてくれた人で。途中で投げ出すことなく、私が立ち直るまで「電気を消したらたくさんの鍋を落としたような金属音が鳴りやまないから消灯できなくて眠れない」というような訳のわからない話にずっと付き合ってくれて。私は勝手に親友だと思っているような人で。

その人からの指摘だったため、「あんな良い人が適当なことを言うはずがない、見直さなければ」と思って、IAP出版の関谷社長にすぐにメールした。「見直したいから、明日の朝まで待ってください。先にドミノ倒れを進めてください」と。

直後、関谷社長ご本人が確認してくださって、「指摘箇所すべて問題ありません」とメールで返答があり、胸を撫で下ろした。

そして翌日、電話にて、「ちょっと言わなあかんことがあるんや」と言われて。

怒られた。

「もっと自分の書いたものに自信を持ちなさい!」「素人に言われたぐらいで何を狼狽えてるんだ」と言われ。電話超しに土下座した。

自由に創られるべきものに対して向けられる「他人に指摘をされたときに見直さない奴は傲慢だ」という考えを苦々しく思っていた。そのはずなのに、いつの間にかそれが染みついて当たり前になってしまっていた自分が恥ずかしくなり、自分の感性に揺るぎない自信を持っている関谷社長に敬服する思いもあり、こういう人になりたいと思った。

自信、恐怖、不安、恋慕。そういう自己決定に性質を委ねられる感情が、善意とか好意とかそういうものの前で薄れて揺らいでしまう。だからこうして独りで黙々と書いているときの確信はとても強いのに、他人が介入するとやすやすと揺らいでしまう。それが私の一番大きな弱点で、自信家なのかそうでないのか自分でもわからなくなるゆえんなのだろう。

ただ、今は、自分の弱点が「そう」であると気付いて、「そう」ならないように留意していて、少しずつ惑わされないようになっていっているのだと思う。

私が抱えている今一番大きな課題は「何があっても揺るがないこと」で、そのために生活を作らなければならないとすら思う。それが他人から見てどれだけ傲慢に見えようとも、「他人が求める私」にならず、「私」で在り続けるためであれば、どう思われてもいい。強がって言っている訳ではなく、心底思う。それが揺るげば、私はまた書けなくなって、沼の底に沈んでいくだろう。もう、あんな暗くて冷たくて身動きが取れない世界には、戻りたくない。

好き勝手に書きたいだけ書き散らかしたものに感動してもらえてそれで生活が成り立っている今、私は世界で一番幸せだ。嫉妬されてもしょうがないってもんだ。

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