底辺ネットライターが思うこと

思うことをひたすら書くだけ

死ぬかと思った

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『ドミノ倒れ』ブックファースト阪急梅田2階店にて

前回の記事を更新して以来、割とガチめに疲れてしまって更新する手が止まってしまった。

特別大きな事件があったとかそういうわけではないから、周りの人らは何も知らない。そのうえで、「こいつは簡単にへこたれないから言いたいこと言っても大丈夫」と思っている人が数人いて、その波状攻撃に疲労は増すばかりだった。

親しい人の前では「死にたい」とつぶやき、独りになったら「殺してくれ」とつぶやき、表に出たら「元気です」と発する。どれもすべて本音なのだから面白い。

先週出版記念パーティーを開催していただいて。

しかしそれに絡んで触れ回される羽目となり。

前日までずっと胃がきりきりと痛み、その中でライター業に営業にと手足を酷使して。

当日は、夕方まで真っ青な顔をしてふらふらと歩いていたくせに、会場に入って1時間もしないうちに元気になった。そして終わったあとで倒れるように眠り、翌日は守口市夢フェスタの大食い大会に参戦してハンバーガーを6個も食べたくせに優勝を逃し、大阪プロレスを観て、帰宅して倒れるように眠った。自分で自分の体のしくみがわからなくなった数日だった。

 

そんなこんなをしているうちに、本が書店に入荷された。

ブックファースト阪急梅田2階店さまにて『ドミノ倒れ』を話題書として取り上げていただけることとなり、昨日この光景を目の当たりにして、あまりもの現実味のなさに「もしかしたら私は妄想の中で生きているのかもしれない」と思ったほどだった。

このままで、悔しくないのか。

『ドミノ倒れ』の中の一文。

この一文が生まれたのは、何度も何度も書き直してからのことで、手が勝手に動いてこれを打っていた。私は悔しいからこれを書いた。これを書いたとき、それを自覚した。

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『かぼちゃの馬車の“クレーム”ブリュレ』ジュンク堂書店大阪本店

なんと、『かぼちゃの馬車の“クレーム”ブリュレ』は別の書店で話題書として取り扱っていただくこととなった。字が汚いのはもうどうしようもないので許してほしい。私が一番辛い。「汚くないよ、読めるし!」という励ましをいただいた余計に胸が苦しくなった。人を憂うことが優しさなのか、人を憂わせることが優しさなのか。

『かぼちゃの馬車の“クレーム”ブリュレ』は、「中に何が書いてあるのかが全くわからない」と言われる。

実際、元株式会社ホーメストの八島睦社長にかぼちゃの馬車事件について取材をして書いた本で、かぼちゃの馬車事件の未公開情報とやらも記してある。中でも「スルガ銀行の不正融資がどのように行われた」という情報は、なかなかにすごい情報だと思う。

そのうえで、ネットリンチやいじめについての持論を展開する内容となり。

とにもかくにも「作家になったら言ってやる」と思っていたことをすべて書き尽くしたような内容になった。

『かぼちゃの馬車の“クレーム”ブリュレ』でも、勝手に手が動いたくだりがある。

ネットは人をリンチしない。人はネットをリンチしない。

のところとか、中扉の詩とか。

『かぼちゃの馬車の“クレーム”ブリュレ』を読んだある人から、「『地下室の手記』を読んだ後と同じような気持ちになった」というコメントをいただいた。たしかに、作風というか、ノリというか、似ていると思う。実際に2か月、ほぼ引きこもって書いた作品だし。嬉しい反面、自らの狂気を教えられた思いにもなった。作家になって、作家になれて良かったと心底思った。「作家は狂気をはらんでいてもおかしくない」と考えている人は割と多く、すでにこの肩書には何度か助けられている。まだひと月ほどだけれど。

 

「作家」になって。

私はこれまで関係を築いてきた人の違う顔を見ることとなった。

それは現実でもそうだし、インターネットでもそうだ。変わっていない人はいないのではないだろうか。どんなに親しい人であっても。

私が作家になったことを心から喜んでくれる人、私の背後に金脈を見出したのか態度が変わった人、「何を偉そうに」とよくわからないことを言う人、あんな人そんな人こんな人。今まで八方美人を貫いてきたのだから、辛辣なことを話すようになって何も変わらないなんてことは有り得ないと思う。それでも、私の人生において最も喜ばしいことをきっかけに悲しく様変わりする人を目の当たりにするのは、辛いものがある。仕方ないことだけれど、文句を言える立場ではないのだけれど、辛いものは辛い。

その代わり、以前よりも親しくなれた人もたくさんいる。それについては心から嬉しく思っている。私のこういう一面を見て、そういう反応をしないどころかより親しくしてくれるなんて、ありがたくて泣くしかない。思っている以上に、変わり者に寛容な人は多かった。

たった一か月。しかも電子書籍しか発売してしない状況での一か月。

それだけでこんなにもいろいろな出来事を受け止めることとなった。

書籍の発売。これから私はどうなっていくんだろう。

「誠実に書く」ただそれだけのために人生まで懸けてきたここ2年が、いよいよ「商品」となる。とても感慨深く、不気味でもあり、現実的な重みの中に吹けば飛んで行ってしまいそうな嘘臭さも覚えている。

ただ、何があっても初志だけは忘れぬようにと肝に銘じて。それを忘れたら生きていたって死んだも同然だ。

私がこの商品を売って稼ぐのは「お金」だけではない。それだけだったら、こんなものは売らなくていい。

それ以上のものを稼ぎたくて、私は、今日も馬鹿みたいに実直に生きて馬鹿にされて生きている。そんな風に生きたくて作家になったのだから、こんな日々がずっと続けばいいと思う。