底辺ネットライターが思うこと

思うことをひたすら書くだけ

妖怪のような生き物

死ぬかと思ったという記事をアップした後で、全身神経痛で泣き叫ぶことになり、改めて死ぬかと思った。殺されたぐらいで死んでたまるかという思いを胸に日々生きているけれど、死にそうになるとただただ死にたくないと願ってしまう。

ストレスが限界を突破すると一気に体調を崩すのは昔からで、そういえばブログがバズったときも全身蕁麻疹が出て泣き叫んでいたと思い出す。自分の健康が気合いで保たれていると実感する。「パワハラ仕込みのブラック根性」という言葉が割と気に入っているのだけれど、これに支えられて生きているなと実感する。今メンタルに負荷を掛けられたら神経痛が再発しそうな皮膚の感触が気持ち悪い。

「ちゃんと怒る」ことが自分の課題だと言い出したのは昨年だけれど、未だにそれがちゃんとできない。怒りを発露して壊れるものを想定して、「我慢した方がいいかもしれない」と怯んで引っ込めてしまう。良くない。

「あなたが我慢しないで済むように」としてくれる人と「あなたが我慢したらすべてが済むんだから」という人とがいて、前者の方が私を思いやってくれているとわかっているのに、後者の“圧”に負けてしまうことがある。

この“圧”は「絶対にやれ」という脅しではない。「社会人としてやって当然」ぐらいの感じで来るので、一瞬それが正しいのかと思ってしまう。人と話して「それはない」と言われて、ようやく気付く。

心身どちらかが疲れ果てていると、余計に後者に従ってしまう。思考力や刃向かう元気がなくなっているんだろうと思う。「いのちをだいじに」モードに切り替えてしまっているような。

それで悪い方向に引っ張られたら意味がないので、「ガンガンいこうぜ」モードでいる努力をしなければと改めて思う。

 

ところで、作家になってから人と話している中で、自分自身の私のイメージと他人から見た私のイメージが結構ちがうなと思わされる。

私はもう、自分が気持ち悪くて仕方ない。ネガティブ方面で自意識過剰に陥ることが多く、脳内に反響する妄想罵倒に苛まれる日々を送っている。現実世界で必死に肯定してくれる言葉を探して言ってもらって生き延びている。

ところが他人からは、作家デビューして華やかな結果を出していて、順風満帆、自身満々、向かうところ敵なしの成功者ぐらいに思われているらしい。

成功とは何かと考えてみて、「自分自身が自分自身を優良な性質の人間として認められること」かもしれないと思う。

どんな功績や物質を手にしても、自らが底辺を這いずり回る妖怪のような生き物だという考えから逃れられなければ、成功したと胸を張って言えることはないだろう。

けれど、「自らの意見や価値観に自信を持つ」とどうしてもそれがとびぬけた個性として評価されやすく、それも行き過ぎると妖怪のようになってしまう気もする。

私にとっての成功とは何だろう。そんなことを考えて、気味悪さを剥がしたくて皮膚を掻き毟りながら、このブログを書いている。書くと、答えが出なくても少しすっきりするから不思議だ。私はやはり、そういう妖怪のような性質を持った生き物なのだろうと改めて思う。

ただひとつ言えることは、臆面もなく「夢は世界平和です」と吹聴できる社会に立てているから、作家になって良かったと思う。